地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第11回)Ⅴ.おわりに(後半)起業にあたって重視すべきポイント

by 松島三兒

いよいよシリーズ最終回となりました。起業にあたって重視すべきポイントについてみていきます。

あいのたにロータスプロジェクト 2019年7月15日 筆者撮影

2.長浜市を含む滋賀県湖北地域のビジネス拠点としての特徴

8名の方々のインタビューから起業にあたり重視すべきことをみていくのに先立ち、長浜市を含む滋賀県湖北地域がビジネス拠点としてどのような特徴を持っているかについて、複数の人が挙げてくれたポイントを紹介しておきます。

1)地域ブランド化につながりやすい特徴的な地域資源

湖北地域は琵琶湖と伊吹山系に囲まれた風光明媚な土地であり、古くから観音信仰が人々の生活に根差してきました。また、多くの歴史的な出来事が紡がれてきた場所としても有名です。佐藤酒造蔵元の佐藤硬史さん(第2回)は、湖北地域はその地域自体に歴史、伝統文化、自然などの魅力があり、地酒ブランドにつながりやすいという意味では理想的な地域だと言います。そのうえで、地方で起業しようとする人は自分がやりたいことと地域性との関係をよく考えて、起業する場所や条件をよく検討すべきだとアドバイスします。

湖北はまた、その歴史と自然に培われた独自の食文化が存在することでも知られています。デザイナーの立澤竜也さん(第3回)は、滋賀県らしさを売りにしたお土産品とか特産品とかをプロデュースするのに最適な地域だと言います。「湖北には酒蔵だけでなく、鮒ずしや味噌などの発酵文化に関わる人や昔ながらの醤油醸造所も多く、滋賀らしさを体現している地域といえます。また、県南部がベッドタウン化してまとまりを欠くのに対し、湖北は地域としてのまとまりが強いのも特徴的です」

2)アクセスが良い

長浜のアクセスの良さは多くの人が利点として挙げています。長浜から新幹線が通る米原には北陸本線で3駅、わずか12分で行くことができます。また、北陸自動車道にも米原、長浜、木之本の3カ所のインターチェンジと小谷城スマートインターチェンジからアクセスすることができます。

地域活性化のための企画デザインやメディア運営を手掛ける山瀬鷹衡さん(第8回)は、空港や都会にすぐ行けるという地理的な利点があるので、これから先の時代を考えると都会で働く意味はなくなると考えています。また、佐藤硬史さんは製造業にとっては物流拠点としての価値も大きいと言います。

3)競争相手が少ない

湖北で事業を行う場合の利点として複数の人が挙げたのが、都市部に比べて競争相手が少ないという点です。子育て応援カフェLOCOの宮本麻里さん(第10回)は、「自分たちの事業に関してだけかもしれないですが、湖北では競争相手が少ないので事業としてやりやすい面がある」と言います。Webデザイナーの村上裕一さん(第4回)は、都会に比べて競合が少ないため、互いに得意な分野を活かして共存できるというメリットがあると感じています。

ただ、競合が少ないということは、それだけマーケットも小さいということを意味します。事業への取り組みはおのずと都会とは異なるものが求められますが、この点については次節で触れます。

4)個々の存在を認識してもらいやすい

これも競合が少ないことと裏腹の関係にあることかもしれません。今回インタビューさせていただいた方ではありませんが、以前大阪から長浜にUターンした人が「大阪では分母(人口)が大きすぎて自分は居ても居なくても変わらないだろうと感じたが、長浜は分母が小さいので個人の役割が相対的に大きくなり自分の存在意義を感じることができる」と述べていました。これは他者に自分の存在を認識してもらいやすいということでもあります。

村上裕一さんは「長浜では他人と距離感が近いので、良くも悪くもなんですけど、〇〇といえばあの人、たとえば僕だったら、Webデザインの仕事だったら村上さんというような感じに覚えてもらいやすいということがあります」と述べています。

クラウドファンディング(CF)の支援を行う植田淳平さんは、自分の存在を積極的にアピールしていくことも必要だと言います。「CFをなぜひとつの事業に据えたかというと、ほかに同じようなことができる人がそんなにはいなかったということですね。だからこそ、滋賀県内で『CFといえば植田さん』というポジションを作っていくことが大事だし、今それができつつあるかなと思っています」

3.起業にあたり重視すべきポイント

1)地域に根差した人間関係を作る

これは前項の「ビジネス拠点としての特徴」のところで紹介すべき内容かもしれませんが、地元で活動を続け起業した佐藤硬史さんとタウン誌“WALK”編集長の江畑政明さん(第2回)からは、長浜は保守的な町だからこそ地域に根差した人間関係をつくることが大切との指摘がありました。

佐藤さんと江畑さんは、他の場所から長浜に来た人にとっては人間関係の厚い壁があり、何もなしにいきなりポンと入ってきても商売することは難しいと言います。特に江畑さんは、湖北の地には滋賀県南部や彦根とは異なる地域性・人間性があるので、そこをしっかり感じながら事業をやっていく必要があると指摘します。IターンあるいはUターンした人たちが、移住をスムーズに進めるという視点からさまざまな方法でソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を生み出していることを前回紹介しましたが、事業につなげるためにはより継続的につながり作りを進めていくことが大切です。

「多分どこの地域でもそうですが、地域の人脈に一度入れば強みになる。たとえば直接商売の売り込みとかではなくて、どこかの山組(曳山を所有するエリア)に入るとか、何かの団体に入って一緒にまちづくりをするとか、そういうところで人間関係を作っていくのが入りやすいと思います」(佐藤硬史さん)

「もう10年くらいになりますが、地域のまちづくりであるとかボランティアであるとかいろいろな組織に入らせていただいて、常に参加させていただいて情報交換しています。まったく畑違いの人が集まるんですけど、それがものすごく糧になり、自分の勉強になる。そうやって横のつながりができて、いいお付き合いができてくるともしかしたらビジネスにつながるかもしれない。そういったことが長浜では非常に大切になってくると思います。」(江畑政明さん)

スタートアップの支援を行っている馬田隆明(注1)はシリコンバレーを例に「価値ある場所というのは往々にしてクローズドでなかなか入り込むことができません」「しかし逆に考えれば、誰もが入れるわけではない場所だからこそ、一度入ってしまえば他のスタートアップと区別できます」と述べています。

商人の町として栄えた長浜は人を見て商売をするところがあります。人間関係の厚い壁があり入りにくいが一度入ってしまえば強みになるという点はまさに「価値ある場所」の条件を備えています。立澤竜也さんは、長浜では信頼している人からの紹介がないと仕事につながりにくいと言います。立澤さんや村上裕一さんが、仕事を評価してくれた依頼者からの紹介で現在に至るまで仕事をつなぐことができているのは、まさに「価値ある場所」で事業ができているということでしょう。

ただ注意すべき点もあります。江畑さんは、長浜の人はつながりを大切にして応援してくれる反面、つながりに甘えると逆に干されてしまう怖さがあると言います。

地域に根差した人間関係の大切さについて書いてきましたが、ゆるやかなつながりの必要性が低いというわけではありません。立澤さんは、PTAで知っているというだけで仕事を頼まれたりすることもあるので、SNSでのつながりも含めゆるいつながりを維持していくことも必要だと指摘します。

2)顧客の要望に臨機応変に対応できるスキルを身につける

地域産業論を専門とする松永桂子(注2)によれば、都市から地方に移り住む若者たちは「自身の柔軟なスタイルでそれぞれの課題に向き合おうとする姿勢が特徴的で」、企業等に雇われる以外に「『個の技』をベースに事業を営む」ことも「選択肢のひとつ」となっています。こうした選択をする人は収入が安定しているわけではないが、「『個の技』をベースに、関係を築く出発点にしているから社会的存在としてはしなやかで強い」という。

今回インタビューさせていただいた方の多くは、起業前の仕事の経験のなかで多様なスキルを身につけており、このことが地方でビジネスをするうえでの強みとなっています。立澤竜也さんはデザインを軸とするさまざまな事業を経験するなかで多様なスキルを獲得し、村上裕一さんはデザイン会社でWebサイト構築に関わる一連の仕事を経験するなかで広範なスキルを身につけてきました。また、山瀬鷹衡さんはWebメディアの運営会社でデザインに加えライターや編集者としてのスキルを、植田淳平さんはIT系企業で事業の立ち上げやWebメディアの運営等のスキルを、それぞれ培ってきました。

日本政策金融公庫総合研究所の村上義昭(注3)は、2014年の「新規開業実態調査」(注4)の結果をもとに新規開業者1,327名が開業直前に勤務していた企業の規模を調べ、規模の小さい企業出身の従業員による開業率が相対的に高い(従業者20名未満の小企業48.2%、20名以上300名未満の中企業35.6%)ことを明らかにしました。また、業績の良い中小企業からは、「高質なスキルやネットワーク等が従業員に移転されることを通じて、パフォーマンスの良好な開業者が生まれやすい」ことが分析により示されています。

中小企業で働く方が、大企業よりもより広範で多様なスキルを身につけることができ、それが「個の技」をベースにした起業につながりやすくなっています。立澤さんは「高額な仕事が多い都市部とは違い、個人または少人数で対応する規模の仕事が多い地方では、徹底的に極めたひとつのスキルより、多様なスキルを身につけているほうが望ましい」と述べています。山瀬さんは「ひとつのスキルについて7割くらいの力を身につければ、あとはその7割くらいのスキルを2つとか3つとか作っていく方が生活していきやすいし仕事していきやすい。デザインだけできる人はたくさんいるけれど、企画やライターのスキルも持っているデザイナーは少ない」と言います。

顧客の要求に個人の力で臨機応変に対応しなくてはならないことの多い地方では、個人で多様なスキルを身につけることが望ましいと言えます。多様なスキルがあれば「デザインだけの仕事にも対応できるし、全部やってくれという要望も引き受けることができ、それが強みにもなる」と村上さんは話しています。

山瀬さんは若い人へのアドバイスとして、自身の経験から一度都会に出ることを勧めます。理由のひとつは外からの目線で地元の良さを再認識できること、もうひとつの理由は、地元に戻ってきたときに使えるスキルを積む環境が都会のほうが整っていることです。

3)地域の人たちが気づいていない価値を実現する

長浜は伝統文化に裏打ちされた町ですが、新しいことへの関心も高い地域です。江畑政明さんは「長浜は商売のしやすい環境で100年以上続くお店や会社もあるが、長浜のビジネスとして新たに生まれているビジネスはあまりない。だから新しいものを生み出す商売にまだチャンスが残っている」と言います。また、立澤竜也さんは「まだまだ保守的というか新しいことをやる人は非常に少ないが、いろいろなことに興味を持つ人は多く、新しいことに対しては意外に協力的な地域だ」と感じています。宮本麻里さんも「県外から来た普通の主婦が新しいことに挑戦したいと言っていることに対して、とても柔軟に暖かく対応してくれる柔らかさがある」と話しています。

新しい消費やサービスを生み出すことだけでなく、これまで地域の人たちが気づいてこなかった価値を可視化し、実現することも地域にとっての「新しいこと」になります。

地域のネガティブをポジティブに変える取り組みを行う山瀬鷹衡さんも「新しいこと」を生み出している一人です。“Rice is comedy”のコンセプトのもとネガティブに思われていた農業のイメージを変えようとしています。それも地域の人が思いつかないやり方で。「都会で流行っていることをやると注目度が高いし、需要の掘り起こしにつながりやすい。地方でビジネスをやる良さというのはこういうところにもあると思います」と山瀬さんは言います。

子育て中の母親たちの居場所づくりを行ってきた宮本麻里さんは、これまで地域で互助的に行われきたサポートを母親たちが使いやすい形にシステム化し、新しいサービスとして提供してきました。母親たちと行政・企業との接点を創り出すことで、新たなサービスの開発にもつなげています。

一方、地域の人たちにとってのコモン(社会的共通資本)であり、市場主義的な価値づけに馴染まないものもあります。たとえば、地域の観音信仰もそのひとつです。地域を見守ってくださる仏様のお堂を守る活動は地域の人たちが代々受け継いできたことですが、少なくなった集落の人たちだけでお堂を維持していくことは困難です。観音ガールの對馬佳菜子さんは、観音信仰の非経済的価値を地域内外に発信し、クラウドファンディングの手法を取り入れることによって地域の人たちにとってのコモンを地域外の人たちをも含むより多数の人にとってのコモンに転じてきました。

植田淳平さんの回(第6回)に登場いただいた、あいたくて書房の久保寺容子さんが指摘したように、外から来た人はしがらみがないからこそ地元の人にやれないことができると、いい意味で期待しています。

終わりに

これまで長きにわたりお付き合いいただきありがとうございました。このシリーズは今回を持って終了となります。

アメリカの経営学者リチャード・フロリダ(注5)は、「経済は人のクリエイティビティによって動いて」おり、「いまでは競争優位の決定的な源泉となっている」と述べています。そのクリエイティビティをけん引しているのが、「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる新しい階層です。クリエイティブ・クラスは「科学、エンジニアリング、建築、デザイン、教育、芸術、音楽、娯楽に関わる人々」であり、「知的および社会的スキルを駆使する頭脳労働で報酬を得ている」人たちです。アメリカの労働者の約3分の1を占め、「その影響力は場所の価値観をも変えつつあ」ります。アメリカではクリエイティブ・クラスは「他の階層に比べると都市や大都市圏に集まりやすい」と言われます。

一方、松永桂子(注6)は「日本では地方や農村でのクリエイティブ人材の活躍が目立つ」と述べ、フロリダが指摘するように「クリエイティブ人材は特定の地域に集まる傾向がある」としています。

今回インタビューさせていただいた方々は、まさにクリエイティブ・クラスの人たちです。フロリダの考え方に立てば、こうした新たな規範や価値観を持ち込み統合していく力を持った人たちをいかに惹きつけることができるかが地域の価値を決めていくことになります。

このシリーズでは「風の人」の関わり方を中心に論じてきましたが、「風の人」を迎える「土の人」の関わり方も同様に大切になります。長浜市を含む湖北地域が、クリエイティブ人材にこれまで以上に選ばれる地域になっていくことを願ってやみません。

インタビューにご協力いただいた方々、また駄文にお付き合いいただいた方々に厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。

(完)

(注1)馬田隆明[2019]『成功する起業家は居場所を選ぶ』日経BP社, pp.170-171.

(注2)松永桂子[2016]「『ローカル志向』をどう読み解くか」, 松永桂子・尾野寛明編著『田園回帰5 ローカルに生きる ソーシャルに働く――新しい仕事を創る若者たち――』農山漁村文化協会, pp.8-10.

(注3)村上義昭[2015]「新規開業企業はどのような母体企業から生まれやすいのか――母体企業の属性と従業員の開業および開業後のパフォーマンスとの関係を探る――」『日本政策金融公庫論集』第28号, pp.1-27.
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/ronbun1508_01.pdf

(注4)日本政策金融公庫総合研究所[2014]「2014年度新規開業実態調査~アンケート結果の概要~」
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/topics_141222_1.pdf

(注5)リチャード・フロリダ, 井口典夫訳[2014]『新クリエイティブ資本論——才能が経済と都市の主役となる――』ダイヤモンド社.

(注6)松永桂子[2016]「『ローカル志向』をどう読み解くか」, 松永桂子・尾野寛明編著『田園回帰5 ローカルに生きる ソーシャルに働く――新しい仕事を創る若者たち――』農山漁村文化協会, p.18.

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