食料問題を考える(3)食の「洋風化」と「外部化」は食を取り巻く環境にどのような影響を及ぼしたか?(前半)

by 松島三兒

戦後の食生活の変化を大きく捉えると、まず「食の洋風化」が起こり、その後「食の外部化」が進展していったことを、前回までに見てきました。これら2つの変化は、戦後の工業化の進展と都市部への人口移動、経済発展による私たちの価値観と生活スタイルの変化がもたらしてきたものです。こうした食生活の変化は豊かさの反映とみることもできますが、一方でそれまで私たちが経験しなかった新たな課題も生み出してきました。

今回と次回は、食生活の変化によって生み出された課題を、食の安全と信頼、食品ロス、食料自給率、および環境負荷という4つの視点からみていきます。

(今回の内容)
3.食を取り巻く環境は食生活の変化でどう変わったか
 3-1.脅かされる食の安全と信頼
 3-2.多量の食品ロスの発生
 3-3.食料自給率の低下
 3-4.環境負荷の増大

3.食を取り巻く環境は食生活の変化でどう変わったか

高度経済成長期に入る1955年以前の日本では、国民の半分近くが農家の世帯員でした(図1)。こうした時代には食料を育て収穫する営みである「農」と、食料を調理し摂取する活動である「食」は、距離が近い関係にありました。しかし、高度経済成長期以降、食の洋風化と外部化が進むにつれて、「農」と「食」の距離はどんどん広がっていったのです。

(出所)農林水産省 農林業センサス
図1 農家人口比率の推移

前回も述べたように、1970年代前半には「ケンタッキーフライドチキン」や「マクドナルド」などのアメリカの外食チェーンが日本に進出し、それに刺激を受けた「ミスタードーナツ」や「モスバーガー」など国内資本の外食チェーンも次々とオープンしました。こうした食の外部化の進展によって外食産業や食料品製造業が急速な発展を遂げます。1975年に8.6兆円だった外食産業の市場規模は、バブル崩壊直前の1990年には25.7兆円となり、15年間で3倍に増加しました(図2)。

(出所)公益財団法人食の安全・安心財団「外食産業市場規模推移」から著者作成  http://www.anan-zaidan.or.jp/data/index.html
図2 外食産業市場規模推移(兆円)

1974年にはアメリカからコンビニエンスストア(CVS)の「セブンイレブン」が上陸します。朝7時から夜11時まで営業しているということ自体が当時の小売店の営業時間の常識を覆すものでしたが、翌1975年には24時間営業の店もスタートします。1970年代半ば以降、「ローソン」や「ファミリーマート」などの日本初のCVSも立ち上がり、24時間営業が一般化していきます。1980年代にはその利便性を活かして本格的に弁当の販売が始まり、中食の普及を後押していきました。このように加工食品の普及や外食産業の発展により農と食の間には多様な食品産業が出現したのです。

「農漁家が生産もしくは漁獲した農水産物が、食品製造業者によって加工され、その食品が、スーパーなど食品小売業者や、ファミリーレストランなどの外食業者を経て消費者にわたるという食料・食品のトータルな流れ」(1)を「フードシステム」(図3)と言います。今後も私たちの生活スタイルの多様化に対応して食の外部化は進み、フードシステムはより複雑化していくでしょう。外食産業や中食産業では大規模化が進み、調理プロセスの一部をさらに外部化するといった形での分業化も進んでいます。

(出所)高橋正郎・清水みゆき『食料経済(第5版)——フードシステムからみた食料問題』オーム社, 2016., p.8.を改変
図3 フードシステム

フードシステムが複雑化していくということは、消費者にとって自分が食べようとする食品の由来がますますわからなくなるということを意味しています。それでも私たちが食品を買うのは、フードシステムに関わる人たちを「信頼」しているからです。しかし残念ながら、私たちの信頼を裏切る事件が数多く起きています。

3-1.脅かされる食の安全と信頼

2000年6月に、雪印乳業が出荷した低脂肪乳により14,780名の有症者を出す大規模な食中毒が発生しました(2、3)。覚えていらっしゃるでしょうか。当時の社長が記者会見の延長を求める記者に対し、「私は寝てないんだ」と声を荒げた場面が記憶に残っている方もおられると思います。

この事件では、低脂肪乳から黄色ブドウ球菌毒素エンテロトキシンA型が検出されました。最初、低脂肪乳を製造した同社大阪工場での感染が疑われましたが、最終的には大阪工場が感染源ではなく、2000年3月に同社大樹工場で製造された脱脂粉乳が黄色ブドウ球菌に汚染されていたことが分かったのです。感染源としての疑いが晴れた大阪工場でしたが、実は原因究明の過程で、大阪工場で品質保持期限の切れた製品が再利用されていた事実が明らかになりました。このことは、自分たちが見ていないところでは何が行われているかわからないという回復しがたい不信感を植え付けるに十分でした。

雪印乳業の事件や国内でのBSE発生などを受けて、食の安全確保をより推進するため、2003年5月には食品安全基本法が制定されました。同時に食品衛生法も改正され、監視・検査体制が強化されます。

しかし、その後もずさんな衛生管理による食中毒事件は続きました。2011年4月、焼肉チェーン店「焼肉酒家えびす」で提供されたユッケ等により腸管出血性大腸菌O111による集団食中毒が発生し、5人が死亡するに至りました。これも10年も前の事件なので、皆さんの記憶も薄れているかもしれません。この事件の汚染の原因は完全に特定されたわけではありませんが、生食用食肉の衛生基準に基づくトリミング処理等は、食肉卸売業者においても焼肉チェーン店においても実施されていなかったため、細菌が付着したまま提供されたのではないかと考えられています。これを受けて、2011年10月には規格基準に適合しない生食用食肉(牛肉)の取り扱いが禁止されました。さらに、2012年7月には牛の肝臓を、2015年6月には豚の食肉(内臓を含む)をそれぞれ、生食用として販売・提供することが禁止されました(4、5)。

上に紹介した事例は、衛生管理がないがしろにされたために起きた事件ですが、意図的に食の安全と信頼を脅かす事件も起きています(表1)。

表1 企業または社員が意図的に関わった食品不祥事

(出所)日本経済新聞等主要紙記事

表1の事例をみると、人の健康に悪影響を及ぼしている事件から、嘘はついているけれど健康には影響を及ぼさない事件までさまざまなものが含まれていることがわかると思います。意図的に引き起こされた事件でも、産地偽装や不当表示などは製品をよく見せるための表示法(食品表示法および景品表示法)違反であり、健康への悪影響があるわけではありません。こうした事件は、健康への影響もないし、消費者にはどうせわからないだろうという安易が考えで引き起こされるものが多く、残念ながら後を絶ちません。

一方、人の健康への悪影響が生じる可能性があることがわかったうえで意図的に引き起こされる事件もあります。

例えば、2008年に起きた事故米穀不正転売事件は、経営者の利益欲のために消費者を結果的に危険に晒した事例(6)です。日本は、毎年78万トン程度の米を輸入していますが、輸入検疫で農薬が検出されたり、倉庫で保管中にカビが発生したり水に濡れたりして食用に適さなくなるものがあります。これらを「事故米穀」といいます。農水省は、事故米を食用に使わないことを条件に民間企業に売却していました。しかし、2008年9月、事故米を譲り受けた米販売会社である三笠フーズが、事故米を食用米と偽って食品会社や酒造会社に転売していたことが明らかとなったのです。不正転売された事故米は、有機リン系殺虫剤メタミドホスやカビ毒のアフラトキシンなどが検出されたものでした。さいわい健康被害に至るほどの濃度ではありませんでしたが、公表された転売先が400社近くにのぼったこともあり、社会に大きな衝撃を与えました。

この事件を受けて農林水産省は、事故米を非食用で流通させることを禁じ、輸出国等に返送するか廃棄することとしました。また、米の取引等の記録を作成・保存することを目的の一つとする「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律」(米トレーサビリティ法)が2009年4月に制定されました(7)。

食品へ意図的に農薬を混入させる事件も起きています。2013年11月から12月にかけて、マルハニチロのグループ会社であるアクリフーズの群馬工場で製造された冷凍食品から異臭がするとの苦情が寄せられました(8)。調査の結果、有機リン系殺虫剤マラチオンが検出されました。自らの待遇に不満を抱いた社員が、工場内で意図的に農薬を混入させたのです。幸いマラチオンの毒性が低く健康被害に至った事例はありませんでしたが、工場での安全管理の在り方に一石を投じる事件でした。

事故米穀不正転売事件も農薬混入事件も、結果として不特定多数の人間に被害を及ぼす可能性があり、「テロ」と言ってもいい事件です。従来、日本の食品企業の安全管理は、悪意をもって食品衛生に危害を加えようとする社員はいないという性善説に基づいて設計され実施されてきました。しかし、アクリフーズの農薬混入事件は、従来の安全管理を大きく転換させる必要性を示すものとなりました。内閣府が実施した「フードチェーンにおける安全性確保に関する食品産業事業者アンケート調査」(2009年7月)でも、回答した13,099の食品関連事業者の24.9%が、内部の従業員等から食品が意図的に汚染される可能性があると考えているとする結果となっており、性善説に基づく安全管理が限界に来ていることを示しています。

3-2.多量の食品ロスの発生

フードシステムの複雑化は、多量の「食品ロス」を発生させることにもつながります。食品ロスとは、食品由来の廃棄物等のうち可食部分と考えられる量、すなわち、本来食べられるにもかかわらず廃棄されている量を言います。図4に食品ロスの範囲の概念図を示しました。食品ロスとみなされるのは、①輸送中や保管中の事故や期限切れによる減耗、②家庭での作りすぎや外食店での過剰オーダーによる食べ残し、③期限切れや売れ残りによる直接廃棄、④可食部も除去し廃棄してしまう過剰除去です。

(出所)「食品ロス統計調査(世帯調査・外食産業調査)の概要」農林水産省ホームページ.を筆者改変 https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/syokuhin_loss/gaiyou/
図4 食品ロスの範囲(概念図)

食品ロスの発生量は、ここ数年は減少傾向にあり、2019年度は570万トンでした(図4)。しかし、日本における主食用米の需要量が700万トン程度であることを考えると、まだまだ多いと言わざるを得ません。

(出所)「我が国の食品ロスの発生量の推計値(令和元年度)の公表について」環境省ホームページ, 2021-11-30.から著者作成  https://www.env.go.jp/press/110247.html
図4 食品ロスの発生量の推移(推計結果)

食品ロスの内訳をみると、家庭系と事業系の食品ロス量がほぼ匹敵していることがわかります。

農林水産省の食品ロス統計調査(9)は2014年度の調査が最後となりましたが、その結果によれば、2014年の世帯食における食品ロス率は3.7%でした。食品ロス率自体は漸減傾向にあり、この10年で0.5%減少しています。内訳をみると、皮を必要以上に厚くむくなどの「過剰除去」は減少していませんが、作り過ぎなどによる「食べ残し」と保管中に期限切れとなったことなどによる「直接廃棄」が減少しています。食品ロス率を世帯員構成別にみると単独世帯が4.1%、2人世帯が4.0%と高くなっていますが、その内訳を見ると、2人世帯では過剰除去の割合が高くなっているのに対し、単独世帯では食べ残しと直接廃棄の割合が高くなっていることがわかります(図5)。

(出所)農林水産省「平成26年度 食品ロス統計調査(世帯調査)」 https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/syokuhin_loss/
図5 世帯員構成別の食品ロス率(2014年度)

一方、事業系の食品ロスの内容を見ると、外食産業での食品ロスが事業系の約3割強を占めています。たとえば2019年度の事業系の食品ロスは309万トンですが、このうち外食産業での食品ロスは、食べ残しを含め103万トンとなっています(11)。

外食産業での食べ残し以外に、事業系での食品ロスを押し上げている要因として「3分の1ルール」が挙げられています。3分の1ルールとは、食品流通業界の商慣習で、製造日から賞味期限までの期間をほぼ3等分して、小売業者への「納品期限」を製造日から賞味期限までの3分の1の時点とし、小売業者での店頭販売の「販売期限」を製造日から賞味期限までの3分の2の時点とするものです(図6)。2000年前後からの大手スーパー主導の業界ルールであり、明文化されたものではありませんが、小売業者は納品期限を過ぎた商品の受取りを拒否することができ、販売期限をすぎた商品は店頭から撤去して卸売業者に返品したり、廃棄したりすることができます。

図6 3分の1ルールによる期限設定の概念図(賞味期限6ヶ月の場合)

3分の1ルールによる食品ロスを削減するため、賞味期限6ヶ月の例で言えば、販売期限を賞味期限の1ヶ月前までに緩和したり、さらには納品期限を製造日から賞味期限までの2分の1の時点とする「2分の1ルール」を取り入れたりする試みがなされています(11)。こうした試みにより商品の返品率は下がっており、2013年には866億円あった返品額は2017年には562億円へと減少しています(12)。

(次回に続く)

参考文献・注記

(1)髙橋正郎・清水みゆき『食料経済(第5版)——フードシステムからみた食料問題』オーム社, 2016. p.7.

(2)雪印食中毒事件に係る厚生省・大阪市原因究明合同専門家会議「雪印乳業食中毒事件の原因究明調査結果について——低脂肪乳等による黄色ブドウ球菌エンテロトキシンA型食中毒の原因について——(最終報告)」厚生労働省ホームページ, 2000.  https://www.mhlw.go.jp/topics/0012/tp1220-2.html

(3)藤原邦達『雪印の落日——食中毒事件と牛肉偽装事件——』緑風出版, 2002.

(4)「牛レバーを生殖するのは、やめましょう(『レバ刺し』等)」厚生労働省ホームページ.  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syouhisya/110720/

(5)「豚のお肉や内臓を生食するのは、やめましょう」厚生労働省ホームページ  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syouhisya/121004/

(6)「非食用の事故米穀の不正規流通米について」農林水産省ホームページ.  https://www.maff.go.jp/j/syouan/0809_beikoku/

(7)「米トレーサビリティ法の概要」農林水産省ホームページ.  https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/kome_toresa/

(8)マルハニチロ株式会社「マルハニチログループCSR報告書 2014 『アクリフーズ農薬混入事件』の記録。」.  https://www.maruha-nichiro.co.jp/corporate/management/csr/pdf/csr2014.pdf

(9)小林富雄『食品ロスの経済学』農林統計出版, 2015., p.ii.

(10)「食品ロス統計調査(世帯調査・外食産業調査)」農林水産省ホームページ.  https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/syokuhin_loss/

(11)農林水産省「食品ロス及びリサイクルをめぐる情勢」, 2022-02.  https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/attach/pdf/161227_4-10.pdf

(12)農林水産省食料産業局「1/3ルール等の食品の商慣習の見直し」, 2018-10.  https://www.kantei.go.jp/jp/singi/katsuryoku_kojyo/choujikan_wg/dai5/siryou4.pdf

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