地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第3回)Ⅱ.地元にUターンして起業したケース①合同会社ゴチャトレーディング 立澤竜也さん

by 松島三兒

前回は、地元で活動を続けて起業した人が地元でのビジネスを成功に導く要因をどのように分析しているかを見ました。今回と次回は、地元にUターンし、デザイン系の仕事で起業した人たちに視点を変えて、彼らへのインタビューから成功に近づくヒントを探っていきます。

豊公園琵琶湖畔でくつろぐ親子、筆者撮影

Ⅱ 地元にUターンして起業した人から見た「地方への移住」「地方での起業」

今回と次回の2回にわたり、長浜からいったん都会に出て勤務した後、Uターンして起業した2名の方の話を紹介します。ひとりは合同会社ゴチャトレーディング代表社員の立澤竜也さん、もうひとりは村上デザイン事務所代表の村上裕一さん。ふたりの共通点はデザイン系の仕事で起業したこと。ただ、起業のプロセスにはかなりの違いがあります。

今回は、立澤さんのインタビューを見ていきます。

1.合同会社ゴチャトレーディング代表社員 立澤竜也さん ~グラデーション的起業で目指す道へ

一人目は長浜、米原、彦根を中心にクライアントの困りごとを解決するデザインの仕事をされている立澤竜也さん(44)です。

リモートでインタビューに答える立澤さん、2020年8月19日

長浜の高校を卒業した後、デザインが好きだった立澤さんは大阪で仕事をしながらデザインを学び、長浜に戻ってきます。しかし、長浜にデザインの仕事はなかったため、普通の会社に勤め始めます。20年ほど前のことで、まだ地元の会社で本格的にパソコンを導入しているところがあまりなかったころの話です。

グラデーション的な起業を通して自分の目指す道へ

当時、職場の同僚にパソコンが得意な外国人社員がいたこともあり、長浜の企業で働く外国人がインターネットを活用するための受け皿づくりをその同僚と一緒に始めます。立澤さんは、自ら「グラデーション的な起業」と呼ぶように、ここを起点にさまざまな事業を手掛けていくようになります。

飲食店の運営や衣料品、アクセサリーや家具の輸入・販売を手掛け、得意なデザインを活かして自ら説明書やチラシを作っていました。このときはまだ会社に勤めていましたが、副業で始めた仕事が忙しくなったため、会社を辞めて専念することにします。これをきっかけにデザインに関わる仕事が増えていきます。

最初は立澤さんが運営する飲食店に、別の飲食店を経営するお客さんが来て店のチラシ作りを依頼してくれました。その後、そのチラシを見た人が連絡をくれてお店づくりを手伝うことになり、そのお店を見た人がさらに連絡をくれるというように口コミで仕事は広がっていきました。

そこから地域の仕事にも関わるようになっていきます。2006年には彦根の築城400年祭があり、その1年前から彦根の商店街の活性化事業にデザインを通じて関わります。戦国武将を使ったグッズのデザインを手掛けますが、その後歴女ブームが起きて戦国武将を使った商品はヒット商品となります。

その後米原に拠点を移した立澤さんは、農家の人とイベントをしたり、米原市の特産品販売のECサイト“オリテ米原”の制作に携わったほか、米原駅近くの空きビルをリノベーションしてカフェを作り運営します。

そうした体験を経て、現在は長浜、米原、彦根を中心にデザインの仕事をしています。ただそれも普通のデザインというよりは、企業などの困りごとを解決するようなデザイン、たとえば新商品の開発・販売やツアー商品企画等を支援するようなデザインが多いと言います。

2019年以降も、米原市の「ふるさと納税」返礼品の魅力を伝えるウエブサイト“ふるさとまいばら”を作成するなど仕事が途切れることはありません。

米原市“ふるさとまいばら”ホームページ, https://furusato-maibara.com/

立澤さんにはもうひとつの顔があります。企業運営におけるデザインの重要性が増すなか、学生と企業の出会いを提供する株式会社いろあわせの経営にCDO(最高デザイン責任者)として関わっていることです。同社は、企業と学生をつなぐイベントの企画や地域企業の採用支援、“しがジョブパーク”の運営等を担当しています。

立澤さんは、さまざまな仕事の経験を力に変え、デザインを軸に自分がやりたい道を進んできましたが、これまで仕事を取るための営業は経験していないと言います。

「今まで本当に、順番にバトンがつながるように今日まで来たなという感じはあります。人のつながりで仕事をさせていただいており、自分でデザインの営業に行ったりするようなことはありがたいことにこれまでやったことはありません」

地方では深い専門性より臨機応変な対応力が必要

「たとえばひとつの仕事をやるときに、ウエブサイトを作るといっても、ウエブデザイナーがいて、カメラマンがいて、ライターがいて、またコーディングを構築するコーダーがいて、もうちょっと人がいるときにはディレクターがいて、プロデューサーがいてみたいな形で、どっちかというとチームとして動くと思うんです。そうなると、うん百万、うん千万単位のお金がかかってくるので、やっぱり地方でやるときにはそれをすごくコンパクトな規模でやっていかなきゃいかんと思うんですよ」

地方では都会と違って高額な仕事で儲けることは考えず、長くやっていけるようなビジネスモデルを組むのが合っていると立澤さんは言います。スキルという観点で考えると、地方ではひとつのスキルを徹底的に突き詰めるというよりは、ある程度いろいろなことを臨機応変にやっていくのに必要なスキルを身につけるのが望ましいということです。

では、臨機応変な対応に必要なスキルとは何か。立澤さんはご自身の経験から、さまざまな仕事の経験を積んでいくなかで、周りの声を聞き、需要を見定めながら自らのスキルをカスタマイズしていったと語ってくれました。

ゆるいつながりも大切

立澤さんがこれまで仕事をしてきたなかで、見積書とデザインのサンプルを数十社に出して注文と取るようなやり方をしている会社はほとんど見ないと言います。

「やっぱり今でも誰かに紹介してもらうとか、人の保証っていうんですかね、知ってる人から紹介してもらう安心感というのは大きい会社さんでもあります。もちろん営業が動く仕事もありますが、仕事につながるまでの関係性づくりや信用性づくりは時間をかけてやっているところがあるので、紹介してもらう安心感というのをすごくお持ちなんだろうと思います、特にこの辺の方は」

立澤さんは、曳山とか経済団体でのつながりということだけでなく、PTAで知っているというだけで仕事を頼まれたりすることがあるそうで、ゆるいつながりが結構大事にされていると感じているということです。こうした所属を通じたつながりでなくても、SNSを通じてなんとなく知っているとかいうくらいのつながりでもいいのではと立澤さんは言います。

「特に地方の40代以上の方がfacebookを大事にされるっていうのはよくわかるんです。facebookは実名が誰かっていうのがわかって、遠くにいても近くに存在を感じられるというのがあって、何か頼みたいとか、こういうことを思いついたけどどうしようかなと思ったときのリストのなかに出てきやすいんです」

湖北の強みは滋賀らしさを体現している地域性と新しいことへの関心の高さ

立澤さんにビジネス拠点としての湖北の強みと弱みについて伺ってみた。立澤さんの考える強みはふたつ。

1)滋賀県らしさを売りにしたお土産品とか特産品とかをプロデュースするのに最適な地域。湖北には酒蔵だけでなく、鮒ずしや味噌などの発酵文化に関わる人や昔ながらの醤油醸造所も多く、滋賀らしさを体現している地域といえる。また、県南部がベッドタウン化してまとまりを欠くのに対し、湖北は地域としてのまとまりも強い。

2)湖北の人自身で新しいことをやる人は非常に少ないが、新しいことをやろうとする人に対しては意外に協力的である。いろいろなことに関心を持ち感度が高い人は多いので、こういうことをやりたいとはっきり伝えることができれば応援してくれる人は多い。

湖北の弱みは市町をまたぐつながりの弱さ

一方、弱みについては以下のように話します。

「これは湖北に限ったことではないかもしれませんけれど、市町村単位で見たときに市町をまたぐつながりというのが非常に弱いと感じます。たとえば長浜でいいことをやって、これ面白いなと思って彦根に持っていっても、なかなか共同するというふうにいかなくて、彦根は彦根でやる、長浜は長浜でやるというようなことがあります」

インバウンドで、いろいろなところを楽しみつつ巡ってもらおうという広域の企画を考えても、市町の壁があり大きなまとまりを作りにくいのはしんどい部分だと言います。

湖北での起業を考えている人に

最後に、湖北での起業を考えている人へのアドバイスを伺いました。

「起業も一本に絞る必要はないと思っているんです。生活を支える柱はやはり何本かないと結局やめてしまった時点でもう終わってしまうので、やっぱり長くやっていこうと思うと食べる方法みたいなのはいくつか持ちながらやってもいいのかなと思いますね。何が正解かはどれだけ考えてもわからないので、実際にやってみないと。そういう不安を少しでも和らげるために、生活を支える部分はグラデーション的に変わっていってもいいのかなとは思っています」

(次回に続く)

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