地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第9回)Ⅳ.その他のケース②結婚により移住し起業:合同会社LOCO 宮本麻里さん

by 松島三兒

今回は、結婚により長浜に移住し、起業した宮本麻里さんへのインタビューです。

えきまちテラス長浜 一番右の建物がLOCO kitchen(2020年4月29日筆者撮影)

2.合同会社LOCO代表社員 宮本麻里さん

未就園児サークルの経験からLOCOの結成へ

岐阜県出身の宮本麻里さん(37)は、結婚により長浜市余呉町に移住します。2013年に、お子さんが通う余呉地区の未就園児サークルで一緒に役員を務めた縁で、その後子育て応援カフェLOCOを一緒に経営することになる桐畑裕子さんと出会います。二人ともお子さんが二人いて、しかもお子さんたちの年齢が一緒でした。

宮本さんと桐畑さんが役員を務めた時期、未就園児サークルでは季節のイベントや料理教室などさまざまな活動を行いました。参加した母親たちからは「子育ての情報交換や相談ができ本当に良い時間だった」とか「田舎ではお母さん同士のつながりを持つきっかけがなかったが、このサークルがあったおかげで同じ月齢の子を持つお母さん同士の仲間ができてとても心強かった」などの意見が寄せられ、宮本さんは多くのメリットがあったと感じます。それと同時に、母親たちからはいろいろな要望も出されました。

「月1回のサークルなので、決まった時間に決まった場所に集まるということが基本になるんですが、決まった時間ではなく、もっと気軽に集まれる場所が欲しいという意見が出てきました。子どもたちは、お昼寝が早くなったりとか機嫌が悪くなったりとか日によって波があるので、決まった時間に集合するというのが難しいんです。それで、思い立った時に気軽に集まれる場所を作れたらいいなという要望があったり、あとはおむつを替えたり授乳したりするスペースなど親子にやさしい設備が整った場所や周りの目が気にならない場所があったらいいという意見も出てきました。」

リモート取材に応じる宮本麻里さん(2020年8月20日)

こうした母親たちの要望を聴いて、ママの「こんな場所があったらいいな」をカタチにしたいと2014年、宮本さんは桐畑さんと一緒にLOCOを結成します。ただ二人ともこれまで事業を立ち上げた経験はありません。そこで長浜市等(注)が共同主催する「ながはま・こほく創業塾」に参加しながら創業の準備をしました。本格的に事業に取り組みたいと考えていた二人にとって場所選びも重要でした。

「桐畑と事業を立ち上げるにあたって、自分たちが60歳になっても同じ仕事をしていたいという想いが強くありました。仕事として事業をしていくことを考えたときに、果たして余呉かということを考えました。最近は少なくなったとはいえ、雪の問題があります。長浜市以外の人にとっては余呉に行くのはおそらく旅行に近いので、週に何回か、あるいは月に何回かふらっと来てもらうのも多分しんどいなというイメージがありました。そのため、旧長浜市内で立上げたいと考えました」

LOCOのコンセプトづくり

宮本さんたちがこれまで接してきたのは余呉の母親たちでした。地域性の異なる長浜市南部の母親たちのニーズがよくわかりません。そこで長浜市の同じ世代の母親たち100人にアンケートを実施しました。

アンケートでは、子育てしながら問題に感じていることとして、「新しいママ友を作る場所がない」「子連れでスキルアップや趣味を楽しむ場所がない」「乳児向けの設備が整っている外食店がない」などが挙げられました。また、親子カフェについては97%が「必要・行きたい」と回答、親子カフェに望むこととしては「思いついた時にふらっと行ける」「親子が気兼ねなく過ごせる」といったことのほか、「保健師や栄養士などの専門家に気軽に相談できる」といった意見が出されました。こうした内容をもとに宮本さんたちはLOCOのコンセプトを作っていきます。

コンセプトは、おもいきって楽しんで子育てをしてほしいという想いで、Enjoy the mommy life!!としました。そこには次に示すようないろいろな想いが入っています。

・親子で気軽に立ち寄れて心からほっとできる第2のお家のような空間を提供したい
・楽しんで子育てしてママである幸せを感じてほしい
・育児の不安・ストレスを少しでも軽減し、子育て家族のお母さんの鬱や引きこもり、虐待などを少しでも防ぎたい
・妊娠中・出産後に外出したい、誰かに相談したいと思ったときの初めの一歩を応援したい
・長浜という町をもっと子育てしやすく、より活気あるまちにしたい

子育て応援カフェLOCOの活動スタート

こうした準備を経て2015年5月、“子育て応援カフェLOCO”は船出します。

「『応援』という言葉を使う意味ですが、『支援』という言葉を使ってもいいんですけれど、より寄り添った形でお母さんたちのサポートがしたいと思って『応援』という言葉をつけています」

“子育て応援カフェLOCO”ウェブサイト, http://locoenjoythemommylife.com/

当初は中心市街地にある自治会館を週3日借りて営業するところから始めました。事業開始に先立ち、資金調達のためクラウドファンディングにも挑戦し、目標金額30万円を超える資金を集めることができました。

創業後2年ほどで店が手狭になったことから、常設の場所がほしいと考え、2017年5月に旧長浜市内の”風の街“というモールに移転します。常設ということもあり、営業日は基本的に週5日(平日)としました。また、2年間事業を続けてきて応援してくれる人も増えたことから、開店に先立ち再度クラウドファンディングに挑戦。2年前の5倍の資金を確保しています。

“CAMPFIRE”プロジェクトページ, https://camp-fire.jp/projects/view/286678

風の街に移転してから1年後の2018年には、長浜市の子育て応援表彰や公益社団法人程ヶ谷基金の男女共同参画・少子化関連顕彰事業活動賞を受賞します。後者の選考理由には「開設当時子育てカフェが全くない地域で、事業経験のない主婦たちが一念発起して活動を開始し、短期間に長浜市や商工会議所など地域を巻き込み、クラウドファンディング等、新しいことに挑戦しており、高い行動力が評価された」と記されており、母親たちの「こんな場所があったらいいな」を着実にカタチにし、ニーズに応えていることが評価されたのです。

LOCOの事業の拡大

2017年の風の街への移転から2年後の2019年10月、宮本さんたちは長浜駅前にある商業施設“えきまちテラス長浜”にLOCOを再度移転しました。新しい施設ではLOCO kitchenとLOCO livingという二つのフロアを設け、事業を拡充させています。全体の企画・運営は代表の宮本さんと副代表の桐畑さんの二人で行いますが、フロアの統括に関しては宮本さんがLOCO livingを、桐畑さんがLOCO kitchenをそれぞれ担当しています。そのほかに、短時間勤務者も含め15名ほどのスタッフが現場での活動をサポートしています。

1)LOCO kitchen

LOCO Kitchenでは「カフェ運営」と「子育て応援」の活動をしています。カフェ運営は離乳食やアレルギーを除去した食事を提供したりするなど子育て世代にやさしいサービスを提供するもので、授乳やおむつ替えなどができる設備も整っています。さらにLOCO kitchenでは昼前の時間を利用して母親同士の仲間づくりにつながるサークル活動や、保育士である桐畑さんによる勉強会を実施し、子育て中に母親が感じる不安や孤独感を軽減するような活動をしています。また、学研とのコラボにより、入園準備クラスを用意して親子のための学びの場も提供しています。

LOCO kitchen, “LOCO kitchen 滋賀県長浜市”facebookページ 2020年5月22日から

このフロアで移転後新たに始めたのが子ども食堂“LOCOごはん”と“LOCO Najimi”です。

「ここは駅前なので、高校生を対象として塾に行く前にちょっと温かいごはんを食べてくれるといいなということで、月に1回“LOCOごはん”を運営しています。あとはシニア向けになじみの顔が増える場所ということで“LOCO Najimi”というものをしています。ここでは月に1、2回の教室を開いてふらっと寄れる居場所づくりをしており、駅の周りに住む65歳以上のおばあちゃまが中心に来てくださって、仲間づくりやからだづくりをされています」

2)LOCO living

もうひとつのフロア”LOCO living”では「働く応援」と「暮らしの応援」の活動をしています。子育てが少し落ち着いて自分で何か活動をしてみたいと思っても、どう進めていったらいいかわからないという人がたくさんいます。そのヒントとなるよう、起業したい人のためのスタートアップセミナーや女性が活躍できるきっかけをつくる「きっかけづくり」セミナー等を開催しています。手作り作品の販売や講師、インストラクターなど規模の違いはありますが、これまでに長浜を中心に多くの人が起業に至っているということです。

また、再就職したい人向けに、子育て中のブランクがあっても自信をもって挑戦できるようにするためのサポートを提供しています。たとえば企業による合同説明会や企業見学ツアーなど個人での活動が難しい取り組みをおこなっています。

LOCO living 長浜ジョブカフェ事業, “LOCO living”facebookページ 2021年7月7日から

このフロアでも宮本さんたちは移転後、三つの新たな取り組みに挑戦しています。ひとつは一般の人へのレンタルスペースの提供、二つめがえきまちテラスの貸スペースの総合窓口です。市民と近いLOCOのスタッフが窓口業務を担うことで、一般の市民の利用率が上がることを期待しています。三つめがオフィススペースの提供ですが、単なる提供にとどまらず、短時間しか働けない人への支援も行っています。

「うちで雇用している人たちはだいたい皆さん子育て真っ最中の方ばかりなので、働ける時間がとっても短い方が多いんですね。短時間の勤務というのはなかなか一般の企業さんからすると難しいので、なんとかそれをうちで叶えてあげられないかということで、企業からLOCOが仕事を受けて、LOCOのスタッフとしてお母さんたちに仕事をしてもらうということにいま挑戦しています」

LOCOのさらなる発展に向けて

宮本さんはLOCOの営業活動をするなかで、行政や外部の会議なども要請があれば何一つ断らずに参加したことで多くの人的ネットワークができたと言います。行政や企業とのつながりができるにつれて「一緒に関わってほしい」とか「こういう事業をしているので、LOCOのほうでプラスでこういうことができませんか」といった提案をもらう機会が増えており、LOCOとしてはそうした提案を断らずに受けることで支援業務を広げていきたいということです。

LOCOの特徴は、カフェを通じた子育て支援に加え、高齢者の居場所づくりの支援、行政や企業と連携した母親の再就職支援や起業支援にも積極的に取り組んでいることです。市民と行政・企業をつなぐ役割を大切にしていると言います。

「一般の子育て世代やシニア層の市民の方は行政・企業と直接関わることが少ないうえ、両者の間でお互いに思っていることが共有できていなかったりします。行政も市民に伝えたいことがあるけれどうまく発信できないとか、いま市民がどういうふうに思っているか知りたいがそのきっかけがないといった課題を抱えています。私たちはお客さまとして来てくださる市民の方たちの暮らしの課題というものを日々、フィールド調査させてもらっています。私たちとしては両者の間に位置しているという感覚を大切にしていて、両方の思いを聞いて、両方に相手の思いを伝えるというところを大切にしています」

ビジネス拠点としての湖北の強み

宮本さんは結婚により岐阜から長浜に移り住んで、湖北の人たちの他人との関わりの強さや温かさが湖北のビジネス拠点としての強みになっていると感じたと言います。

「私は岐阜から嫁いできたのでより強く感じるのですが、他人との関わりの強さとか濃さが湖北の強みとしてあるとおもいます。それもただ濃いというのではなく、県外から来た普通の主婦が新しいことに挑戦したいと言っていることに対して、とても柔軟に暖かく対応してくれる柔らかさという部分もあり、いいところに来れたなと思っています。また、事業を通して感じることは、市民と行政・企業の関係が、私が結婚する前に住んでた地域と比べると、より深いのではないかということです。お母さんたちの声を行政や企業が聞いてくれるというのも長浜、湖北の地域独特だなと思いますので、その点も強みですね。」

LOCO利用者は、長浜にとどまらず、米原、彦根、さらには高島、近江八幡や隣の岐阜県にまで広がっています。車で1時間半ほどかけて来る人もいるそうです。利用者のエリアが広がっていったのは主に利用者である母親たちの口コミによるということです。湖北の人たちの他人との関わりの強さが口コミの力の強さにもつながっていると宮本さんは言います。

湖北において競争相手が少ないことも事業としてのやりやすさにつながっていると宮本さんは感じています。ただ、競争相手が少ないということはお客さんとして来てもらえる数が少ない地域だということでもあり、弱みと裏腹の関係でもあります。こうした弱みをカバーするのが口コミの力の強さでもあるのでしょう。

子育て応援カフェLOCOは、2021年3月25日に合同会社LOCOとして法人登記しステップアップしました。宮本さんと桐畑さんのさまざまな挑戦が花開き、今後のさらなる発展につながることを期待しています。

さて、インタビューはこれが最後です。次回が最後となりますが、これまでみてきた8人の方のインタビューから「地方への移住」「地方での起業」を成功に導くヒントを探っていきます。

(次回へ続く)

(注)「ながはま・こほく創業塾」は、長浜市、一般社団法人長浜ビジネスサポート協議会および一般社団法人バイオビジネス創出研究会が共同で主催している

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です