ゲノム編集食品はもう食卓まで来ています(2)ゲノム編集技術とは何か

by 松島三兒

前回は、国内で上市されている3つのゲノム編集技術応用食品を紹介しましたが、今回はゲノム編集技術とは何かを見ていきましょう。

まず、ゲノム編集の「ゲノム」とは何でしょうか? ゲノム(genome)は、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、生物の遺伝情報全体、すなわち生物の設計図を意味します。

この設計図がどこにあるかというと…ここでおさらいです。私たちの体は約37兆個の細胞からできていま。あれ? 60兆個じゃなかったっけ?っていう声が聞こえそうです。最新の推定値は2013年に発表されたもので、それによると37兆2千億個ということです(注1)。

それはさておき、各細胞には核があって、ヒトの場合、核の中には46本の染色体(生物の種類により本数は異なります)があります。染色体は、「DNA」(デオキシリボ核酸)の鎖がヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で折りたたまれたものです。このDNAこそがゲノムの実体で、生物の設計図はDNAの鎖に、4種類の塩基、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)およびシトシン(C)の配列として記されています。DNAの鎖上にはタンパク質の種類を決めるひとまとまりの塩基配列があり、これを「遺伝子」と呼びます。ヒトゲノムのDNAには約22,000の遺伝子が存在します。

DNAは内側に多数の塩基が並んだ2本の長い鎖から成っており、内側の塩基同士が、AとT、GとCで対になる形で結合した二重らせん構造をとっています。すなわち、2本の鎖は相補的で、1本の鎖の塩基配列が決まれば、自動的にもう1本の鎖の塩基配列も決まります。細胞分裂の際には、2本の鎖がほどけて、それぞれの鎖を鋳型に配列がコピーされます。

DNAの二重らせん構造
(出所)https://www.nuketext.org/Rad/DNA/DNA.html

「ゲノム」「DNA」「遺伝子」の説明が終わったところで、いよいよゲノム編集技術の説明です。ゲノム編集技術とは、ゲノムDNAの標的とする遺伝子領域を人工の酵素(人工ヌクレアーゼ)を用いて特異的に切断する技術のことです。人工ヌクレアーゼは、標的とする部位を切断するハサミと、ハサミをその部位まで導くガイド(案内役)を結合させて作製します。生物は切断された部位を元通りに修復しようとしますが、DNAの2本の鎖が両方とも切断されると一方の鎖を鋳型とした修復ができず、変異が入りやすくなります。変異が入ると、遺伝子が破壊され、生物の形質が変化します。

ゲノム編集のイメージ
(出所)乾雅史「ゲノム編集の現状について」内閣府生命倫理専門調査会第90回資料, 2015年7月31日 https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu90/siryo4-1.pdf

これは、いわゆる「突然変異」と同じ現象です。ただ、自然の突然変異は極めてまれにしか起こりません。そこで、突然変異を育種に利用する場合には、ガンマ線などのX線や化学物質を使って人為的に突然変異を誘発する方法をとっており、既に育種方法として確立しています。例えば、腎臓病等でタンパク質の接種を抑えたい人などに向けて、突然変異育種により易消化性のタンパク質を低減した低タンパク米「春陽」が販売されています(注2)。この品種は低グルテリン米系統「LGC1」を母親に持ちますが、「LGC1」の親は米品種「ニホンマサリ」をエチレンイミンという化学物質で処理して得られた突然変異体です(注3)。

ただ、現在育種に使われている突然変異の方法では、自然の突然変異と同様、DNA上のどの部位に変異が入るかは神のみぞ知るです。突然変異処理をした種子をまいて得られた後代から、有用な形質を持っている系統を選抜する必要があります。

一方、ゲノム編集技術の場合には、DNA上の狙った領域を切断することができるので、どのような形質を持ったものをつくるかを最初から設計することが可能となります。前回紹介した3つの食品に使われたゲノム編集技術は、CRISPR/Cas9(クリスパー/キャス9)という人工ヌクレアーゼを使うものです。CRISPR/Cas9は、カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナとカメオ大学(スウェーデン)のエマニュエル・シャルパンティエが共同で発見したもので、二人は2020年のノーベル化学賞を受賞しました。

CRISPR/Cas9の登場があまりにもセンセーショナルだったので、この技術の登場により初めて「ゲノム編集」という言葉を知ったという方もおられると思います。しかし実際には、ゲノム編集技術は以前からあり、CRISPR/Cas9は第三世代のゲノム編集技術に位置づけられます。なぜCRISPR/Cas9が注目を集めたのか、ゲノム編集技術の歴史を紐解きながら見ていきましょう。

第一世代、第二世代のゲノム編集技術ZFNとTALEN

ゲノム編集の歴史は四半世紀前まで遡ります。1996年には第一世代のZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)が、そして2010年には第二世代のTALEN(タレン)が登場します。しかし、これらの技術はCRISPR/Cas9のように広く使われることはありませんでした。

第一世代と第二世代のゲノム編集技術
(出所))内田恵理子「遺伝子治療とゲノム編集治療の研究開発の現状と課題」2018年2月. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/advisory_board/dai4/siryou4-1.pdf

ダウドナによれば、第一世代のZFNを「実際に利用した研究者は、タンパク質工学で多大な経験を積んでいたか、すでにそのような経験のある少数の研究所の協力を得ていたか、デザイナー(好きなようにデザインできる)ヌクレアーゼの多額のコストを賄える資金力があったかのいずれか」(注4)でした。なぜなら、ZFNは、細菌に由来する制限酵素をハサミに、ジンクフィンガーと呼ばれるタンパク質ドメインをガイドとして、それらを結合させてつくられるタンパク質ですが、その立体構造を標的となるDNA塩基配列を認識できるように設計することが、普通の研究者には困難だったからです。ZFNのカスタム製作を外注すると、昔なら200~300万円、現在でも50~60万円かかると言われています(注5)。

その後、より改善されたゲノム編集技術として第二世代のTALENが登場しました。TALENでは標的となるDNA塩基配列を認識するガイドに、植物病原菌に由来するTALE(Transcription Activator-like Effectors, 転写活性化因子様エフェクター)というタンパク質を用い、誤認識が少なくなるように改善しました。ZFNより簡単に構築、実行することが可能になりましたが、それでも設計を外注するとZFNの現在の外注価格に近い金額はかかるようです。

それでは、第三世代のCRISPR/Cas9は、何が優れているのでしょうか?

第三世代のゲノム編集技術CRISPR/Cas9

ジェニファー・ダウドナ(左)とエマニュエル・シャルパンティエ
(出所)https://www.nature.com/articles/d41586-020-02765-9

細菌の免疫機構を研究していたジェニファー・ダウドナは、2006年に偶然、細菌DNAにCRISPRという領域があることを知ります。調べていくと、CRISPRは古細菌と細菌の免疫機構の一部であることが示唆されました。ダウドナは、CRISPR領域の近傍にほぼ必ず存在するcas遺伝子群が生成する酵素がDNAの二本鎖をほどいたり、RNAやDNAを切断したりする機能を持つのではないか仮定し、大腸菌と緑膿菌を用いてCRISPR免疫機構の全体像を明らかにする研究に着手します。

研究を進めるなかで2011年、化膿レンサ球菌のCRISPRシステムを研究していたカメオ大学(スウェーデン)のエマニュエル・シャルパンティエと出会い、両グループで共同研究を開始します。まず、化膿レンサ球菌由来のCas9タンパク質をハサミ、CRISPRから転写されたcrRNA(CRISPR RNA)をガイドとする複合体を作って、crRNAの一端の配列に対応する配列を含むDNA試料と混ぜ合わせてみましたが、何の変化も起きません。そこで、シャルパンティエのグループが以前に発見し、化膿レンサ球菌のcrRNAの生成に不可欠なものとして特定していたトランス活性化型crRNA(tracrRNA)を含めて実験したところ、crRNAの20塩基と一致する配列を持つDNAが切断されたことが確認できました。

2012年にダウドナとシャルパンティエのグループは、科学雑誌「Science」に論文(注6)を発表し、化膿レンサ球菌由来の「CRISPR関連タンパク質Cas9が、2種類のRNA分子と相互作用して、RNA配列に対応するDNA配列中の20塩基を標的化し、切断する」(注7)ことを明らかにしました。そして、論文の最後を次のように締めくくりました。「遺伝子ターゲティングとゲノム編集への幅広い応用可能性を秘めた、RNAによってプログラム可能なCas9を利用する代替的手法を、ここに提唱する」(注8)。

こうして、標的とするDNA配列を切断するハサミCas9と、Cas9を標的まで誘導するガイドRNAとから成るCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術が開発されました。

CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集
(出所)The Royal Swedish Academy of Sciences, 2020, “Genetic scissors: a tool for rewriting the code of life.”の挿入図Figure 3を筆者和訳 https://www.nobelprize.org/uploads/2020/10/popular-chemistryprize2020.pdf

一方、CRISPR/Cas9はZFNやTALENで見られたような外注の必要もなく、「先進的な生物学研究所で数年かかったことが、今では高校生が数日間でできる」(注9)と言われるほど、簡便な技術になっています。コストも格段に安くなっており、科学の進歩におおいに貢献することでしょう。

しかし、リスクもあります。簡単に、しかも安くできるようになったということは、生物の遺伝子コードを自由に書き換えることのできるゲノム編集技術を誰でも利用できるようになったということです。すべてが善意とは限りません。ヒトゲノムを対象としたガレージビジネスを目論む輩も出て来るかもしれません。ダウドナもその点を心配し、次のように述べています。少し長くなりますが、引用します。

「すでに世界中の科学者が、想像を超えるような方法でCRISPRを多様な生物種に使い始めている。ヒトゲノムが同じ対象になるのも、そう遠いことではない。
 私たち自身の遺伝子コードを操作することの利益と代償を比較検討するなど、一体どうすればできるだろう? 私たち人類は果たしてCRISPRの正しい利用法について合意できるのか、また濫用を阻止できるのだろうか?
 『生命のコード』の支配には、私たちが個人として、人類全体として担う準備が嘆かわしいほどできていない、重大な責任がついて回る」(注10)

来るべき温暖化に備えた作物の品種改良は待ったなしの課題です。CRISPR/Cas9は有用な技術であるだけに、悪用されることがないようなルール作りが急がれます。

ゲノム編集食品がもう私たちの食卓に乗るところまで来たということで、ゲノム編集食品に係る規制はどうなっているのかと心配される方もいると思います。次回はゲノム編集食品に係る規制の考え方について見ていきましょう。

(注1)Bianconi, Eva et al., 2013, “An estimation of the number of cells in the human body,” Ann Hum Biol., 40(6):463-471. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23829164/

(注2)複数の販売サイトがありますが、一例として以下のURLを示しておきます。
「e-お米通販」:https://e-okome.jp/SHOP/4205/list.html

(注3)上原泰樹ら「水稲新品種『春陽』の育成」『中央農業総合研究センター研究報告』No.1, 2002., p.1-21. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010651635.pdf

(注4)ジェニファー・ダウドナ=サミュエル・スターンバーグ(櫻井裕子訳)『CRISPR—究極の遺伝子編集技術の発見―』文藝春秋, 2017., p.55.

(注5)石井哲也『ゲノム編集を問う—作物からヒトまで』(岩波新書), 岩波書店, 2017., p.15-16.

(注6)Jinek, Martin etal., 2012, “A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity,” Science, 337(6096):816-821. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22745249/

(注7)ジェニファー・ダウドナ=サミュエル・スターンバーグ(櫻井裕子訳)『CRISPR—究極の遺伝子編集技術の発見―』文藝春秋, 2017., p.125.

(注8)上掲書, p.117-118.

(注9)上掲書, p.152.

(注10)上掲書, p.153.

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