食料問題を考える(5)食の「洋風化」と「外部化」は食を取り巻く環境にどのような影響を及ぼしたか?(後半②)
by 松島三兒
今回は、本来前回書くはずであった環境負荷の視点から、食生活の変化によって生み出された課題を見ていきます。
(今回の内容)
3.食を取り巻く環境は食生活の変化でどう変わったか
3-1.脅かされる食の安全と信頼
3-2.多量の食品ロスの発生
3-3.食料自給率の低下
3-4.環境負荷の増大
3-4.環境負荷の増大
環境負荷に関しては、輸入に伴う食料輸送による影響と、輸入相手国の環境への影響とが大きなものとして考えられるでしょう。
輸入に伴う食料輸送による影響
食の「洋風化」と「外部化」が食料自給率の低下に大きく影響したことを前回はみてきました。カロリーベースの総合食料自給率の推移と農産物・水産物輸入額の推移のグラフを重ね合わせる(図1)と、食料自給率の低下にともなって農産物・水産物の輸入額が増加していることがわかります。2020年の我が国の農産物と水産物の輸入額は、それぞれ6兆2129億円と1兆4649億円(1)。日本の総輸入額68兆108億円の1割強を農産物と水産物が占めています。
これだけ多くの農水産物を私たちはどこから輸入しているのでしょうか。2020年における農産物及び水産物の国別輸入実績を図2に示しましたが、北半球から南半球まで実にさまざまな国から輸入していることがわかります。
今を遡ること20年前、このような食料の供給構造が環境に負荷を与えているのではないかと考えた一人の公務員がいました。1982年に農林水産省に入省し、2001から2003年にかけて農林水産政策研究所に勤めていた中田哲也です。中田(2)は、「なるべく地域内で生産された農産物を消費すること等により環境に対する負荷を低下させていこうという運動」を展開していた英国の消費者運動家ティム・ラングの“フード・マイルズ”という考え方をベースに、食料輸送が環境に与える負荷を考える指標として「フード・マイレージ」という概念を提唱しました。
フード・マイレージは以下の式で表されます。
輸入食料に係るフード・マイレージ(t・km)
=輸入相手国別の食料輸入量(t) × 輸出国から輸入国までの輸送距離(km)
輸送経路は多様であるため、中田は食料輸入に係る環境負荷の国間比較(3)を行うにあたって次のような仮定を設けました。
① 輸出国から輸入国までは、同一大陸の陸続きの国・地域からの輸入の場合を除き、船舶によって、途中で他の港湾には寄港せずに輸出国の特定の輸出港から輸入国の首都近郊の代表港まで海上輸送されるものとする
② 輸出国の産地から輸出港までの輸送距離には、便宜的に当該国の首都と輸出港との間の直線距離をあてる。
こうした仮定のもとに、日本、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの6か国間での比較を行いました。2001年における我が国のフード・マイレージは9000億t・kmとなり、韓国・アメリカの3倍、EU先進国の5倍以上と他国を圧倒する結果となりました(図3)。フード・マイレージに基づいて日本の食料輸入に伴うCO2排出量を推計すると1,690万tとなり、日本国内での食料輸送に伴うCO2排出量(900万t)の2倍近い値となることも示されました。
上記の比較から10年後の2010年にも、中田(4)は我が国のフード・マイレージを計測しています。その結果、フード・マイレージ自体は8,669億t・kmで10年前より3.7%減少していました。しかし、その内訳をみると、輸入量は4.0%減少したものの、平均輸送距離は0.3%長くなっていました。アメリカからの輸入が減少し、ブラジル、アルゼンチンからの輸入が増加していることが要因でした。その背景として中田は、「新興国等の需要急増等の世界の食料需給構造の変化等の様々な事情があり、その中で、より遠隔の輸入相手国にシフトしつつある状況がうかがえる」としています。
中田は現役を退いた現在も、ウエブサイト「フード・マイレージ資料室――より豊かな未来の食のために――」(https://food-mileage.jp/)を開設して積極的な発信を続けているので、ご関心のある方はぜひ訪問してください。
輸入相手国の環境への影響
経済思想家の斎藤幸平は、その著書『人新世の資本論』において、先進国の豊かな生活の裏では、途上国から収奪し、「さらには私たちの豊かな生活の代償を押しつける構造が存在する」(5)と述べています。そのなかで斎藤(6)は、食品産業等で利用するためにインドネシアやマレーシアから輸入しているパーム油を例に挙げ、「パーム油の原料となるアブラヤシの栽培面積は、今世紀に入ってから倍増しており、熱帯雨林の乱開発による森林破壊が急速に進んで」おり、熱帯雨林に依存してきた人々の生活を破壊していると指摘しています。
実はこのように、私たちが特定の食料を輸入することが、輸入相手国である途上国の環境破壊にまでつながっている例は、ほかにも複数存在します。
いまさらご紹介するまでもないと思いますが、東南アジアの開発問題を研究してきた村井吉敬(7)は、インドネシア、タイ、ベトナム、スリランカ、フィリピン、ニカラグアなどのエビ養殖の現場を回り、1980年代半ば以降、エビ養殖池造成のためにマングローブ林の伐採が進められ、特にインドネシアにおいてはそれが2004年のスマトラ島沖地震・津波による大きな被害につながったと指摘しています。
しかし、エビだけがマングローブ林伐採の原因になっているのではありません。シンガポール国立大学のリチャーズらが2015年に発表した調査研究(8)では、2000年から2012年の間に東南アジアのマングローブ林の2%に相当する10万ヘクタール以上が伐採されたが、エビ養殖に起因する割合は約30%であることがわかりました。それ以外の原因は何か。この調査では、インドネシアとマレーシアでは、上で述べたパーム油の原料となるアブラヤシの農園への転換が、またミャンマーでは稲作の急速な拡大が、これまで認識されていなかったマングローブ林破壊の脅威であるとしています。エビ養殖の寄与度は当初思われていたほど高くはありませんでしたが、それでもエビ養殖やアブラヤシ農園への転換は相対的に大きな要因であり、先進国による輸入がマングローブ林破壊の一端を担っていることは間違いありません。
エビの輸入国として中国、アメリカと並んで上位に名を連ねるわが国では、複数の企業がマングローブの植林活動を進めています。世界40か国から水産品・畜産品を調達・販売している株式会社ニチレイフレッシュ(9)は、インドネシアにおいて自然の地形を活用した池でエビを育てる粗放養殖を普及する活動を進め、粗放養殖のエビから得られた収益の一部を使ってマングローブの植樹活動を支援しています。また、東京海上日動火災保険株式会社(10)は純粋な環境保護活動として、インドネシア、タイ、フィリピンなど9か国で20年以上にわたりマングローブ植林事業を手掛けてきています。
世界銀行と国際通貨基金(IMF)による構造調整融資を受け入れた途上国が、外貨獲得源としての換金作物栽培を進めた結果、栽培農家の生活を逆に圧迫するという事態も起きています。タンザニアのコーヒー産業が置かれた状況を長年研究してきた辻村英之(11)は、ニューヨーク証券取引所の先物価格を基準とする変動の激しいコーヒー価格形成の仕組みが、タンザニアの小規模農家にとってコーヒーの持続的生産を難しくしており、そのことがひいては環境破壊につながっていると警告しています。辻村が調査したルカニ村はキリマンジャロコーヒーの産地ですが、家庭畑で栽培するような小規模農家がほとんどで、機械の利用もできず、生産性が低いという現実に直面しています。利益に乏しいコーヒーの木を伐採してトウモロコシや牧草など他作物に転換する農家も増えていますが、結局はコーヒー以上の換金作物はみつからず、森林破壊が進むだけの結果を招くようになっています。
上記のような結果を招くもう一つの要因は、コーヒー生豆の買付価格の異様な低さです。辻村が調査した1998年時点では、東京における袋入焙煎豆の小売価格(29.15米ドル/kg)は、ルカニ村における民間流通業者の買付価格(2.34米ドル/kg)の12.46倍。辻村はフェアトレード取引の必要性を訴え、自ら京都のキョーワズ珈琲の協力を得てルカニ村産コーヒー豆のフェアトレードを実施してきました。
牛肉用の牧場造成と大豆栽培の拡大のためにアマゾンの熱帯雨林が破壊されていることについては今さら説明の必要がないかもしれません。新自由主義の行き着いた先の姿であるともいえます。
以上、食を取り巻く環境の変化についてみてきました。次回からは、こうした現状に対して私たちがなすべきことについて考えていきたいと思います。
(次回へ続く)
参考文献・注記
(1)農林水産省「農林水産物輸出入概況 2020年(令和2年)」2021-12-06. https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kokusai/attach/pdf/index-97.pdf
(2)中田哲也「『フード・マイレージ』の試算について」『農林水産政策研究所レビュー』2: 44-50, 2001. https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/review/attach/pdf/011228_pr02_07.pdf
(3)中田哲也「食料の総輸入量・距離(フード・マイレージ)とその環境に及ぼす負荷に関する考察」『農林水産政策研究』5: 45-59, 2003. https://primaff.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=113&item_no=1&page_id=13&block_id=21
(4)中田哲也「フード・マイレージの食料政策への適用可能性に関する研究」千葉大学学位申請論文, 2012. https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900116313/Nakata_Tetsuya.pdf
(5)斎藤幸平『人新世の資本論』集英社新書, 2020., p.28.
(6)上掲書, pp.32-33.
(7)村井吉敬『エビと日本人Ⅱ――暮らしのなかのグローバル化』岩波新書, 2007.
(8)Rchards, Daniel R., Friess, Daniel A. “Rates and drivers of mangrove deforestation in Southeast Asia, 2000-2012”, The Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(2): 344-349, 2015. https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1510272113
(9)㈱ニチレイフレッシュ「生命の森プロジェクト」 https://www.nichireifresh.co.jp/inochinomori/
(10)東京海上日動火災保険㈱「マングローブ植林活動」 https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/world/greengift/mangrove/
(11)辻村英之『増補版 おいしいコーヒーの経済論――「キリマンジャロ」の苦い現実』太田出版, 2012.