地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第7回)Ⅲ.地域おこし協力隊として移住し起業したケース③合同会社nagori 對馬佳菜子さん
by 松島三兒
今回は、地域おこし協力隊の制度を利用して長浜市に移住し、起業した人へのインタビューの後編です。
前回と今回の2回にわたり、Iターンで長浜市に移住し、起業した2名の方の話を紹介しています。前回の植田淳平さんに続き、今回は合同会社nagori代表社員の對馬佳菜子さんのインタビューを見ていきます。最後にお二人の共通点についても考察しました。
3.合同会社nagori代表社員 對馬佳菜子さん
長浜の仏像との出会い
合同会社nagoriの對馬さんって誰だと思われた方でも、「観音ガール」の對馬さんと聞けばわかっていただけると思います。對馬佳菜子さん(28)は東京都出身。15歳の時に奈良・東大寺法華堂での観音様との出会いから仏像を好きになります。大学では仏教史、社会経済史、民俗学を学び、19歳の時に長浜の仏像に出会います。
對馬さんは長浜の仏像を見て湖北の観音信仰に強く惹かれました。どういうところに惹かれたのかについて次のように話します。
「なによりも人と仏、仏像との心の距離感が近いというところ。たとえば観音さんでいえば、観音菩薩様っていう高貴な存在に感じさせるものではなくて、本当にそばに寄り添い合うような身近な存在です。敬意はあるけれども、親戚のお兄さんとかおかあさんくらい身近な感じで、すごく良いなって純粋に思いました」
仏像とは元々こういう存在だったのではないか。地域で大切にされてきた仏像の魅力を伝えていきたいと對馬さんは考えます。
「これからもお堂という環境で仏像をみていきたいと思ったので、やはり地元の方と関わっていきたいですね。だから仏像に対する専門知識を深めていくというよりは仏像を通して、仏像を大事にしてきた人々の営み、思いを伝える活動をしていきたいと思いました」
そこで地域活性化とか地方創生事業を手掛けている会社に就職してノウハウと経験を積もうと考えます。就職した会社は人材派遣会社ですが、配属された部署は新規事業の立ち上げを専門とする事業開発部。自治体からのイベント企画運営の受託、廃校リノベーション施設の運営などを担当し、2年目に入った時に上司から地方のお寺を中心とした地域活性化事業をやってほしいと言われます。
自分が関わりたいと思っていた分野です。嬉しさが来るかなと思いきや、あまり嬉しくありません。自分がやりたい分野の事業だったら、会社の方針じゃなくて自分のやり方で挑戦したい。對馬さんは会社を辞めることを考えます。24歳のときです。
地域おこし協力隊という選択肢
ただ、会社を辞めると言っても簡単なことではありません。都内で転職するか、あるいは滋賀県か奈良県に引っ越してパートあるいは就職するかと悩んでいたときに、新たな選択肢が浮上します。長浜市が第2期の地域おこし協力隊の募集をしているらしい、しかも観音文化振興らしいという情報が入ったのです。
ところがひとつ問題がありました。第2期の協力隊には起業型という名前がついていました。起業型ということでのミッションが、長浜独自の観音文化をコンテンツ化して地域外に発信することを事業として立ち上げる(起業する)というものでした。對馬さんは観音文化には興味はありましたが、特に起業に関心があったわけではなかったのです。
心配になった對馬さんは市の担当者に相談しますが、応募書類を提出してくださいという返事だったため履歴書と事業計画書を送って応募します。書類選考後どんなことを長浜でやりたいかのプレゼンを経て、無事採用されました。採用が決まるまでは緊張していなかった對馬さんですが、いよいよ移住するのかと考えると急に不安になります。
「なぜ不安になるのか一生懸命考えたときに、不安って経験したことがないこと、あるいは自分に予測できないことなんだと思いいたりました。移住したことないから不安、会社辞めたことないから不安、もう全部不安なんですね。ていうことは、不安を解消するにはもうやるしかないという結論に至りました。24歳までの人生で、やりたいことがあっても自分にはできないかなと思って、やらないで終わることも多かったので、やりたいと思ったらやるっていう人生を送っていきたいという風に思いました」
協力隊員としてほろ苦いスタート
無事長浜の旧市内に居を構え、いよいよ協力隊員としての活動が始まるわけですが、對馬さんにとっては少しほろ苦いスタートとなりました。
観音文化振興というのがミッションだったのですが、具体的な担当部署が長浜市にはありませんでした。文化財の窓口である歴史遺産課、東京上野の観音ハウスなどのシティプロモーション事業を担う総合政策課、観光であれば観光振興課か観光協会。それぞれのところに顔を出しますが、文化振興はうちの担当ではないなと言われてしまいます。
「じゃあ直接現場行くかとなって、現場の、いわゆるお堂の世話方さんや地元の方とお話ししていたら、今度はなんと、観音文化振興とか、情報発信とかそんなの求めてないんだけど、なにそれみたいな感じで言われちゃったんですね」
そもそも世話方さんで地域おこし協力隊のことを知っている人がほとんどいませんでした。その一方で、起業をサポートするビジネスサポート協議会からは、長浜に還元できる事業で起業し卒業する3年後には事業を安定化させてほしいと言われ、對馬さんは焦ります。自分に何が求められているのかがわからなくなってしまったのです。
そんなときにそっと背中を押してくれたのが、對馬さんがお母さんみたいな人と呼ぶ長浜の3人の女性でした。ほかの人には言いにくい本音の話を聞いてもらって、元気づけてもらったり、慰めてもらったり、アドバイスをもらったりしたことが状況を乗り越える助けになったと言います。
観音ガールとして“あきらめる”という境地に達する
迷い悩んだ末、對馬さんはご本人の言葉を借りれば、「あきらめる」ことをします。
「仏教的に“あきらめる”っていう言葉は明らかにみるという意味で、今ある状況をしっかりと把握して次に進むことを言うんですけれども、あきらめることをしまして、せっかく3年という時間を頂いたので、自分が好きなことを自由にやればいいかなと思いました」
人に左右されるのでなく、自分が勉強したいこと、やりたいことをやり、任期の3年間で自分のモチベーションを自分でコントロールできるようにするように自らに課しました。
「私の協力隊としての目標はたった一つで、任期が終わる頃に誰かに必要とされる存在になること、いなくなったら困ると思ってもらえるような存在になること。観音文化に関して PR でも観光でも、文化財を守る、仏像を守るっていう意味でも必要とされる存在となろうということを目指すことにしました」
仏像を守る世話方の人たちとの信頼関係を作る
まずやったのは情報をインプットして、観音文化に対する自分なりの哲学を作ること。對馬さんは、仏像を守っている人たちのヒアリングを行います。話を伺う人ごとに1回目のヒアリングには最低でも3時間くらいかけました。
「とにかく話を聞く人なんだとぃうことをわかってもらいたいんです。1時間半くらいお互いの自己紹介をして、後の1時間半くらいで話を深めていくというか、本音のところでお互い話をしていくという感じです」
その結果、前向きな話をしてくれて次回も会ってくれそうな雰囲気であれば、折を見て再度訪問します。對馬さんによると、2回目で本当に歓迎してもらえるか、1回目以上に緊張するそうです。2回目も1時間半ほどの時間をかけて、お堂を守っている地元の人がどのような気持ちで仏像を守っているかを聞いていきます。こうして時間をかけながら信頼関係を作っていきます。
後出の『星と祭』復刊プロジェクトの関係で對馬さんと一緒に観音様の取材を行ったフリーアナウンサーの小野千穂さんは、對馬さんとお堂の世話方の人とのやりとりを間近に見て、對馬さんの接し方が信頼関係を生み出すベースになっていると言います。
「對馬さんのいいところは、とても知識もあるし、経験も豊富でいろんなことを知ってらっしゃるんですけど、そのことを言わないんです。相手の話をまず聞いて、ああそうなんですね、すごいですねって。でも、まったくわからないわけじゃないから、要所要所でこうですか?ああですか?っていい質問をしていくと、向こうも、ああそうそうって乗ってくるんですよね。控えめだけど寄り添う感じで。だから会った人はいい気持になれる」
NPO法人花と観音の里・理事の武田雅博さんも對馬さんに好印象を持ったひとりです。
「お話していると言葉が非常に柔らかいです。それで丁寧です。特に印象深かったのは『仏さん、仏さん』という言い方を彼女は良くしましたね。たとえば色々な観音さんとか仏像とかいろんな呼び方があるんやけど、『いいですね、ここの仏さんは』と。そういう言葉が非常に柔らかくて、ここら辺の者は非常に気持ちが通じやすかったですね」
観音文化に対する自分の哲学を理解してもらう
インプットの活動と並行して、講演活動でのアウトプット、すなわち自分の言葉で観音文化を話すことにも取り組んできました。市の担当者からシティプロモーションの関係先に積極的にお願いをしてもらい、声がかかってきたら全部受けることにしました。活動2年目の2019年には年間16回ほどの講演を、ミニトークを含めれば20回ほどの講演をこなすほどになりました。
次にやったのが情報発信です。長浜市のお堂の多くは、普段は予約制あるいは拝観できず、年に一度だけ観音の里ふるさとまつりの日に一斉に開帳されます。しかし、これまでは広報・PR活動が必ずしも十分ではありませんでした。PRを市から頼まれたわけではなかったのですが、對馬さんの挑戦心が頭をもたげたのでしょう。集客数の結果を出すことと自分のファンを獲得することを目標としてSNSによる情報発信の戦略を練り発信していきました。その結果、2019年のまつりでの集客数は、周遊バスツアー180名(対前年36名増)、巡回バス552名(対前年94名増)と過去最高の数字をあげることができたのです。この実績を見た他の自治体からPR事業に関する依頼が来るようになりました。
2019年には、湖北の観音様がたくさん登場する井上靖の小説『星と祭』の復刊プロジェクトを立ち上げました。復刊を通して、湖北の年配の方々が観音さんを大事に思ってきた思いを、ある意味もう一度復興させるという活動でした。
對馬さんにとってこのプロジェクトの目的は、自分が考えている観音文化の振興は単に観光客を呼んで盛り上げるというよりは、本当の意味の観音文化をしっかり伝えていくことだと、長浜のお堂の世話方たちに理解してもらうことでもありました。
プロジェクトでは、『星と祭』や観音文化に関心のある一般のお客さんを募って『星と祭』にゆかりのお堂を訪問し、観音様の登場シーンの朗読を聞いてもらったり、その土地の観音様についてや世話方の思いを聞いてもらったりすることで、当時と今の観音文化の世界観を感じていただく「勧進イベント」を毎月開催しました。
また、對馬さんはこのプロジェクトに合わせてガイドブック『観音ガールと巡る近江の十一面観音~『星と祭』復刊プロジェクト公式ガイドブック編~』(能美舎)も出版しています。
上で紹介したような活動が注目され、對馬さんは多くのメディアに取り上げられます。地元の方々に知ってもらう大事なきっかけとなるので、メディア取材や講演などの依頼は基本的にすべて受けていくようにしました。また仏教の世界でも注目され、仏教の総合誌『大法輪』から依頼され、湖北の観音文化の現状と課題について3回にわたり記事を連載することになります。
お堂の世話方の人たちの想いを後押しする
對馬さんはこれまで、お堂の世話方の人たちの協力を得てお堂での講演会も実現してきました。また、2020年8月には長浜市西黒田にある安念寺の観音堂修復費用をクラウドファンディングで集めるプロジェクトを、對馬さんが広報・サポート対応をすべて担当するということで、世話方の人たちを巻き込んで企画・実行しました。
お堂の世話方の人たちと長く時間をかけながら関係性を作っていく中で、對馬さんは少しずつ手ごたえを感じ始めてきました。
「何か一緒にしましょうよ、だと皆さん苦手です。たとえば、對馬がお堂でやりたいので協力してくださいとお願いするんです。その時に動いてくれるかくれないか、企画書を持って帰ってくれても、ただ渡しただけになってしまうのか、それとも話聞いてやってくれって言ってくれるのか。そこは人によってちがうかなって思うんです。動いてくれる方というのはこれまで最後のひと押しがなかっただけで、もともとやりたいとか、どうにかしたいという気持ちは持っていたという感じがします」
小野さんは、對馬さんが安念寺の世話方の人たちのやる気を引き出していく様を、クラウドファンディングの関係者から聞いた話として次のように語ってくれました。
「對馬さんが手取り足取り、パソコンを駆使してやってくれてはるんですね。おじさんはそれを見て、こんなに全国からたくさんの人が関心を寄せてくれた。だから、頑張らなきゃいけないと。ただただ観音さんを守ってきただけだったのが、この観音さんを通して世界と繋がれたんですね。主体的に次に繋げていくっていこうっていう気持ちになったらしくて、それこそが對馬さんの狙いです。對馬さんはあくまでもアドバイザーなので、對馬さんがいくら頑張っても活動が続かないんですね。今は世話方さんたちもすっかりやる気になっているし、ひいては、孫に頑張ってる姿を見せたいと。いい話ですよね」
對馬さんはまた、メディアに取り上げてもらう効果も大きいと言います。地元の方々は自分の知らない若い人だとなかなか信頼しにくいが、その人が新聞に取り上げられたり、専門誌に記事を書いていたりすると信頼できる人だと認識してくれるということです。
「そういう意味では、私が自分で付けたわけじゃないですけど、こっちに来た時に市役所の方や高月の武田さんのような方々が、『あ、観音ガールさんや』って勝手に名付けてくれたおかげで、キャッチーな名前に反応してメディアが取材してくれるようになりました。取材内容を分かりやすくまとめて履歴書みたいな状態にしてくれるので、記事を呼んだ人が、『これ、この間来た子だね、こんなこと考えてるんだ』っていうふうに見てくれる。メディアは東京とかよりも地方の方が影響力があると思いましたね」
武田さんは、對馬さんの本質的な良さについて、自分の勝手な思いだと断りながらも次のように話してくれました。
「彼女は仏さんが好きなんでしょうね。そういう気持ちが言葉の端々や態度に出てきますので、観音様をお世話する人たちとの信頼関係が非常に強いですね。彼女は木之本の黒田の千手観音様に『恋をした』という話をよくされました。イケメンの観音様が凛々しい顔で迎えてくれて、柔らかさもあって、思わず恋しちゃいましたって。そんなきっかけが大事なんだなと思いますね。単に興味がありますとか好きですとかで物事色々やってはる人はいますけど、恋をしちゃうという心がけがいいと思います。観音様に恋をするところから入ってきて、最後はそういう観音様がいて、その観音様をお世話する人がいる地域に恋をする。素敵なことやと思います」
いよいよ起業へ
2020年8月末で、對馬さんは地域おこし協力隊を卒業し、2021年4月に合同会社nagoriを設立しました。
2020年4月に観音像や仏像の世話方・所有者が中心となって任意団体「観音の里・祈りとくらしの文化伝承会議」(以下、「観音文化伝承会議」)が発足しました。長浜の観音様や仏像を拝観する人が徐々に増加するなか、それを受け入れる体制の整備や後継者育成などの課題に取り組むことを目的としています。
對馬さんの会社では、この観音文化伝承会議と受託契約を結び、次の2つの事業に取り組んでいます。
1)市内の仏堂実情調査(安置されている仏像などの状況と維持管理体制調査)をすること
2)長浜独自の観音文化と仏像をどのように継承していくか、村の方々と相談し、取り組んでいくこと
(以上、合同会社nagoriウエブサイトから引用)
協力隊の活動をスタートするときに立てた「任期が終わる頃に必要とされる存在を目指す」という目標は達成できたと、對馬さんは言います。ただそれはあくまで協力隊としての目標。
「事業主としてはようやくスタート地点に立ったというところです。事業の実績をちゃんと積んで形にして、長浜がよりよくなることもそうですけど、私としては長浜でやれたことを他の地域でも還元できるようにしていきたい、そういう循環を生んでいきたいなっていうふうに思います」
武田さんと小野さんは、對馬さんが地域の人の考え方に変化をもたらしてくれたことを喜び、今後の活動にも期待を寄せます。武田さんは、對馬さんや前回紹介した植田さんが「風の人」としてこれからも地域に新しい風を吹き込んでほしいと期待しています。
「『風の人』『土の人』という言葉があって、『風は遠くから夢や理想、新しい考え方などを運んでくる』それが『風の人』。まさに對馬さんや植田君ですね。そして『土の人』は『土がそこにあって命を生み育むもの』、すなわちこの町で生まれ育った人。その風と土とが相まってその地域ができていく。それがまたつながって風土になる。土を求めて吹いてくる風があると、その風を呼び込もうとして活かす土がある。そんな思いの中で地域とか町がワクワクと盛り上がっていくんでしょうね」
小野さんは、對馬さんが地域の人たちが守ってきたものの価値を再認識させた功績は大きいと言います。
「今までやってきたことを對馬さんが『素晴らしいですね』って言ってくれるので、じゃあ今度からも頑張ろうとか。いままで村の観音さんなんてお洒落でもなんでもないって思ってたんだけど、やっぱりいいものだったと。自分たちの誇りに気づくことができるっていうのは大きいことなんですね。私の故郷の良さは人が素朴で温かいことだけど、それが何故かわからなかったんです。もしかしたら、観音さまにずっと寄り添って大事にしてきたっていう想いが、そこに関わる人たちを救っているのかもしれないなと。それってアイデンティティにつながっていくと思うんですね」
對馬さんは仏像・地域文化プロデューサーとして、4月から成安造形大学付属近江学研究所の客員研究員も受嘱されました。今後ますますの活躍と飛躍が期待されます。
4.二人のインタビューからみえること
「地方への移住」「地方での起業」を成功に導くという視点に立ったとき、前回の植田淳平さんと今回の對馬佳菜子さん、おふたりのインタビューから共通してみえてくるものは何か探ってみたいと思います。
1)地域の人の想いの実現を支援する
植田さんと對馬さんに共通していることは、地域の人の想いの実現を支援していることです。
植田さんは長浜に移住してすぐに、地元にブックカフェを開きたいという想いはあるが資金がない人たちに対して、クラウドファンディングの手法で資金集めを支援します。それをきっかけに植田さんは、地域の人の“やりたい”という想い、コミュニティを元気にしたいという想いの実現をサポートしていくことを仕事としていきます。
對馬さんは、お堂の世話方の人たちが守り抜いてきた観音様と観音信仰の価値を広く世の中に伝えることで、この文化を次世代に繋いでいきたいという世話方の人たちの想いを掘り起こし、その実現を支援しています。安念寺の観音堂修復費用集めの支援は、まさに地域の方々の想いの実現するための活動です。
「コミュニティ」も「観音様と観音信仰」も、地域の人たちにとってのコモン(共有財または社会的共通資本)であり、市場主義的な価値づけに馴染まないものです。植田さんと對馬さんがやっていることは、地域の人に地域の人たちが守り抜いてきた「コミュニティ」や「観音様と観音信仰」の非経済的価値を地域内外に発信し、地域の人たちにとってのコモンを地域外の人たちをも含むより多数の人にとってのコモンに転じることだと言えます。このことが、お二人の事例のなかに見られるクラウドファンディングの成功にも繋がっていると考えられます。
こうした活動を通じ、植田さんと對馬さんは今や、地域の人たちにとっていなくてはならない存在となっています。
2)地域の人との共感的理解に基づくコミュニケーションを重視する
地域の人たちが大切にしてきたものの価値を伝えていくためには、地域の人たちがどのような想いで関わってきたかについての共感的理解が欠かせません。植田さんと對馬さんのインタビューから、お二人が地域の人との共感的理解に基づくコミュニケーションを重視してきたことが読み取れます。
地域おこし協力隊員になる人たちは、自分たちのミッションの分野において相応の専門性を持っています。そのため、なかには地域の人たちに教育的に接する人もいるようです。そうした上から目線の対応では、地域の人たちが心を閉ざしてしまうことになりかねません。
地域の人たちの想いをまず聞き、それを受け入れて理解し、そのうえで自分たちの持っているスキルをどう生かすことができるかを考える。植田さんと對馬さんはそうしたプロセスをきちんと踏んで、地域の人たちの信頼を獲得していったのです。
さて、次回と次々回は、地域おこし協力隊員の制度を利用してUターンにより地元起業を実現した人と、結婚により移住し起業した人のインタビューを紹介します。
(次回に続く)