永遠の化学物質PFAS(1)私たちの健康や環境にどのように影響するのか
by 松島三兒
北京オリンピックがようやく終わりを迎えました。感動的な話題も多い一方で、不可解な判定に泣かされたケースも多いオリンピックでした。
さて、オリンピックも中盤に差し掛かった2月9日、毎日新聞に「スキー フッ素ワックス禁止、関係者困惑 検査なく『みんな暗黙でドーピング』」という記事(1)が載りました。国際スキー連盟(FIS)は今季からフッ素入りワックスの使用を禁止したものの、フッ素入りワックスの使用有無を検知する方法がなく、今回のオリンピックでも実質的なチェックは行われていないというものです。
フッ素入りワックスはなぜ禁止されるのか
スキーやスノーボードに使うワックスの中には、摩擦を減らしてよりスピードを出すために特定のフッ素化合物を混合してあるものがあり、競技などで使用されてきました。このフッ素化合物はパーフルオロオクタン酸でPFOAと略称されます。炭素数が8個のフッ素化合物なので“C8”とも呼ばれています。
なぜ使用が禁止されたかと言うと、PFOAが、環境への残留性があり、生体への蓄積性を持つことが問題視されているPFAS(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)と総称される化合物群に属するためです。2020年にはEUでPFOAの製造、使用等が禁止されています(2)。
FISのウェブサイトを調べてみると、FISでもPFOAを含むスキーワックスの使用を2021-22年シーズンから禁止することを発表し、スキーやスノーボードに付着したフッ素を検出する装置の開発に取り組んできたことがわかりました(3)。しかし、フッ素を検出する装置の実用性に係る課題が未解決であることから、フッ素検出装置の使用を2021-22年シーズン終了後まで延期することを昨年6月に発表しました(4)。こうした理由で北京オリンピックには間に合わなかったというわけです。
PFASについてもう少し詳しく知ろうと調べ始めたところ、実はPFASは様々な形で私たちの身近にある化学物質で、その有害性ゆえに今ホットな話題になっていることを知りました。このところ、PFASを取り上げた書籍『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(2020年8月)(5)と『消された水汚染——「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角——』(2022年1月)(6)が立て続けに刊行されていますし、昨年12月にはPFAS汚染の実話を扱った映画「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」が公開されました。映画を見ることはできませんでしたが、元となったニューヨーク・タイムズの特集記事(7)は見ることができるので、この内容については改めて紹介します。
私自身はスキーワックスの問題を通してPFASのことを知りましたが、PFASはスキーのみならず様々な場で私たちの健康や地球環境に非常に大きな影響を及ぼす可能性のある物質なのです。PFASとはどのような物質で、何が問題なのか見ていきたいと思います。
私たちの身近で使われてきたPFAS
産業上最初に利用されたPFASは3M社(米国)が製造するパーフルオロオクタン酸(PFOA)で、デュポン社(米国)が1938年に開発したテフロンの加工特性を改善する化合物として利用され、テフロンの世界的普及に大きく貢献しました。3M社は1953年にはパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の撥水性・撥油性を活かした製品「スコッチガード」を発売しています。
水や油をはじくという性質が重宝され、PFASはフライパンのテフロン加工や、ファストフードの包み紙や容器のコーティング材(8)、ファンデーション、マスカラ、リップ製品などの化粧品の成分(9, 10)といった形で私たちの生活に入り込み、身近な存在になってきました。また、PFASは衣類の生地やカーペット、半導体や液晶ディスプレイのフォトマスク、泡消火剤などにも使用されています。
「永遠の化学物質」——分解されにくく長期に残留
PFASと呼ばれるフッ素化合物群は元々自然界に存在するものではありませんでした。1940年代以降に米国で開発された合成化合物群で、「原子間の結合が強く油分や水分など外部からの作用を寄せつけない」(5)という特徴をもっていました。この撥油性と撥水性を併せ持つという特異な性質が、摩擦をより減らすという性能をワックスに与えたのです。
利点だけなら良いのですが、PFASは自然環境下では分解されにくく高い残留性を持つことが知られています。PFASは水生環境内ではほとんど分解されず、その半減期は、PFOAでは92年以上(最もありえるのは235年)(11)、PFOSでは41年以上(12)とされています。「永遠の化学物質」(Forever Chemical, フォーエバーケミカル)と呼ばれる所以です。
そのため、地球規模での環境残留性が問題となり、排水等を通じて環境に蓄積されたPFASは飲料水や環境水の汚染を招いています。2003年に岩手県環境保健研究センターと京都大学(13)が全国79の河川と6つの湾岸におけるPFOAとPFOSの濃度を調べた結果、すべての河川、湾岸で自然に存在しないはずの両化合物の存在が確認されました。特に濃度が高かったのは、PFOAについては猪名川下流(兵庫)、淀川(大阪)および甲子園浜(兵庫)、PFOSについては猪名川下流(兵庫)、多摩川下流(神奈川)および甲子園浜(兵庫)でした(表1)。
表1. 日本の表層水におけるPFOA及びPFOSの濃度(2003年3月調査)
その後の研究で、汚染源は猪名川については大阪空港、淀川については当時PFOAを製造していたダイキン工業であることがわかりました(5)。多摩川については、東京都が行っている地下水での濃度調査(14)の結果等も踏まえ、米軍横田基地の可能性が示唆されています(6)。沖縄でも嘉手納基地周辺域で高濃度のPFOSが観察されています。大阪空港と米軍基地周辺の汚染については消火訓練等に使用したPFOS入りの泡消火剤の可能性が指摘されています(5)。
なお厚生労働省は、ようやく2020年4月に水質基準を改正(15)して、水道水におけるPFOSおよびPFOAの暫定目標値を設定しました。米国環境保護庁(EPA)は2016年に、PFOSとPFOAについて“有害影響のリスクがないと推測される摂取量”(参照用量)として、それぞれ20ナノグラム/キログラム体重/日(1日当たり体重1キログラム当たり20ナノグラム)という値を設定しました。厚生労働省ではこれらの値を算出根基として用い、摂取量の10%が水道水に由来するという前提のもと、暫定目標値をPFOSとPFOAの合算値として50ナノグラム/リットルとしています。ちなみに米国は、PFOSとPFOAの合算値70ナノグラム/リットルを健康勧告値として設定しています。
ヒトや動物の体内に蓄積
PFASは生物への蓄積性があり、魚類以外の生物が高位捕食者の場合は食物連鎖により濃縮されることが知られています。魚類の場合は、えらを通して排出が行われるため、「摂取量と生物蓄積を減少させている可能性がある」(11)とされています。PFOSに関する環境省の資料(12)では次のように書かれています。
「人為的発生源から最も遠く離れた北極圏の動物において高濃度のPFOS が検出されていることに留意。魚類・魚食性鳥類など食物連鎖上の低位種においてもPFOSが検出。また、ワシなど捕食生物種は、低位にある鳥類よりも高濃度のPFOS を蓄積することが認められている。このことは、PFOSの残留性と長期蓄積性によるものである」
私たちも、飲料水や食べ物等を通じてPFASを取り込んでいる可能性があります。経口摂取されたPFASは容易に吸収され、血液中のアルブミンと結合して、主に肝臓と腎臓に蓄積されます。PFASはまた、胎盤を通過して胎児に移行します(16)。米国で2003~2004年に行われた国民健康栄養調査の結果では、12歳以上の参加者2,094人の血液のうち、99.7%からPFOAが、99.9%からPFOSが検出されました(17)。日本でも、厚生労働省が2005年に主催した「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会」(18)で、以下の報告がなされています。
「我が国の一般住民の暴露レベルを調べるために、10 地域の 272 人(各地域 23~33人)の地域住民(40~77 歳)の血清を分析したところ、すべてのサンプルから PFOSを検出された。その中央値は、26.2 ナノグラム/ミリリットル(2.8~271.1 ナノグラム/ミリリットル)であった。また、年齢とともに上昇する傾向がみられた。PFOA は、91 人のみで検出(略)。地域によってそのレベルに差がみられたことから、生活習慣等の暴露源につ いての検討を行っている。PFOS については、全員から一定以上のレベルで検出されたことから、その健康影響の有無についても検討する必要があると考えられた」
自然界には元々存在しなかったPFASが、世の中に登場して以降約70年の間に、ヒトはもちろん、人為的発生源から遠く離れた北極圏の動物体内にまで蓄積されるようになっていることは驚きです。経口摂取により吸収されたPFASが体内から排出されるには長い時間を必要とします。ヒトにおける半減期は、PFOAで約2~4年、PFOSで約5~9年と言われています(15)。したがって、日常的にPFASを摂取する環境にあると蓄積量が増すことになります。
ヒトへの健康影響については研究途上
PFOAとPFOSの健康影響について、環境省資料(19)から引用しておきます。
・PFOA:「眼、皮膚、気道を刺激し、皮膚に付くと発赤、痛みを、眼に入るとかすみ眼を生じる。吸入すると咳や咽頭痛、経口摂取すると腹痛や吐き気、嘔吐を生じる。PFOAの体内動態は、動物種により大きく異なるため動物の結果を外挿することはできないが、動物実験における胎児の発達毒性があること、疫学調査で特に職業性の曝露が認められない一般集団の妊婦において、PFOA曝露の増加が新生児の体重の減少に相関する可能性が強く示唆されている」
・PFOS:「ヒトにおける生殖発生影響に関するデータはないが、動物では、曝露した動物の胎児に影響を及ぼすことが報告されている。これらの影響は母体毒性を引き起こす投与量で観察されている。動物実験のデータからは、中程度の急性経口毒性(消化管と肝臓に影響、軽度の皮膚刺激・眼刺激)が示されている。ただしヒトの高曝露後の急性毒性を示すデータはない。発がん性では、国際的に主要な6 評価機関による評価がなされておらず、ヒトの疫学データから発がん性があるとのデータは得られていない」
既に述べたように、米国環境保護庁(EPA)は2016年、飲料水におけるPFOAとPFOSの合算値70ナノグラム/リットルを健康勧告値として設定しました。しかし、EPAは2021年11月、最近の科学論文が2016年当時考えていたよりもはるかに低いレベルのPFOAとPFOSのばく露でも健康への悪影響を引き起こす可能性があり、かつPFOAが発がん性物質である可能性を示唆しているとして、健康勧告値を2022年秋にも見直す意向を示しています(20)。
このように、ヒトへの健康影響については新たな知見を積み上げている途上であり、これにより規制値も変更される可能性があります。
さて、調べ疲れたので、今回はここまでにします。PFOAおよびPFOSに関する世界的な規制の方向性、政府・業界の対応等については次回お伝えします。
(次回に続く)
参考文献・注記
(1)江連能弘「フッ素ワックス禁止 関係者困惑 検査なく『みんな暗黙でドーピング』」毎日新聞夕刊, 2022年2月9日. https://mainichi.jp/articles/20220209/dde/035/050/036000c
(2)NITE化学物質管理センター「Vol 14:欧州POPs規則でのPFOA、その塩、およびPFOA関連化合物の制限はどのようなものでしょう」製品評価技術基盤機構ウェブサイト, 2020年8月. https://www.nite.go.jp/data/000114302.pdf
(3)FIS. “Fluorinated Wax Ban implementation to begin 2021-22 season,” FIS Website. October 9th, 2020. https://www.fis-ski.com/en/international-ski-federation/news-multimedia/news/flourinated-wax-ban-implementation-to-begin-in-the-2021-22-season
(4)FIS. “Update on FIS Fluorinated Ski Wax Ban,” FIS Website. June 2nd, 2021. https://www.fis-ski.com/en/international-ski-federation/news-multimedia/news/update-on-fis-fluorinated-ski-wax-ban
(5)ジョン・ミッチェルら『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(岩波ブックレット), 岩波書店. 2020年.
(6)諸永裕司『消された水汚染——「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角——』(平凡社新書), 平凡社. 2022年.
(7)Nathaniel Rich. “The Lawyer Who Became DuPont’s Worst Nightmare,” The New York Times. January 6th, 2016. https://www.nytimes.com/2016/01/10/magazine/the-lawyer-who-became-duponts-worst-nightmare.html
(8)Laurel A. Schaider et al. “Fluorinated Compounds in U.S. Fast Food Packaging,” Environmental Science & Technology Letters, 4:105-111. 2017. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.6b00435
(9)雪岡聖ら「化粧品由来のポリフルオロアルキルリン酸エステル類の下水処理場における挙動および流入負荷量の推定」『水環境学会誌』第41巻, 第2号. p.27-34, 2018. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jswe/41/2/41_27/_pdf
(10)Heather D. Whitehead et al. “Fluorinated Compounds in North America Cosmetics,” Environmental Science & Technology Letters, 8:538-544. 2021. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.1c00240
(11)「PFOAとその塩及びPFOA関連物質の有害性の概要」令和3年度化学物質審議会第4回安全対策部会参考資料, 2022年1月18日. https://www.meti.go.jp/shingikai/kagakubusshitsu/anzen_taisaku/pdf/2021_04_s01_01.pdf
(12)「国内等の動向について(PFOS)」PFOSについて(追加情報)」中央環境審議会水環境部会 環境基準健康項目専門委員会(第13回)資料, 2010年9月24日. https://www.env.go.jp/council/09water/y095-13/mat07_2.pdf
(13)Norimitsu Saito et al. “Perfluorooctanoate and Perfluorooctane Sulfonate Concentrations in Surface Water in Japan,” Journal of Occupational Health. No.46. 49-59. 2004. https://www.jstage.jst.go.jp/article/joh/46/1/46_1_49/_pdf/-char/ja
(14)「都内地下水におけるPFOS及びPFOAの調査結果について」東京都環境局ウェブサイト, 2021年6月22日更新. https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/water/groundwater/sonota.html
(15)中央環境審議会「水質汚濁に係る人の健康の保護に関する環境基準の見直しについて(第5次答申)」, 2020年5月27日. https://www.env.go.jp/press/files/jp/113983.pdf
(16)食品安全委員会「パーフルオロ化合物(概要)」, 2020年10月27日. https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/f03_perfluoro_compounds.pdf
(17)Antonia M. Calafat et al., “Polyfluoroalkyl Chemicals in the U.S. Population: Data from the National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES) 2003-2004 and Comparisons with NHANES 1999-2000,” Environmental Health Perspectives, 115:1596-1602. 2007. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2072821/pdf/ehp0115-001596.pdf
(18)厚生労働省医薬食品局化学物質安全対策室「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会 中間報告書追補その2」, 2005年3月31日. https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0331-9a.pdf
(19)環境省「ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)及びペルフルオロオクタン酸(PFOA)について」, 2019. https://www.env.go.jp/water/council/49organo-fluoro/y0920-01/mat01.pdf
(20)“EPA Advances Science to Protect the Public from PFOA and PFOS in Drinking Water,” EPA News Release, November 16, 2021. https://www.epa.gov/newsreleases/epa-advances-science-protect-public-pfoa-and-pfos-drinking-water