地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント ~滋賀県長浜市を例に~(第1回)はじめに
by 松島三兒
長引くコロナ禍のなかで、都市部からの「地方移住」が注目されています。地方移住に関心を持つ人は増えていますが、地方に移住し経済的に自立した生活を送っていくことは簡単なことではありません。今回、「地方に移住する」、「地方で起業する」という選択をした滋賀県長浜市在住の方々のインタビューを通して、地域の人との信頼関係を作っていくことが、地方への移住・起業を成功に導く大きな要因のひとつだということが見えてきました。どのように信頼関係を築けば良いのか、そのヒントを探っていきます。
コロナ禍で地方への移住は進みつつある
昨年から二年越しで続く新型コロナウイルスの流行。長引くコロナ禍をきっかけに「地方移住」が広がっていることを多くのメディアが報じています。地方移住をポジティブに伝えるものがほとんど(注1)で、特に地方紙では、コロナ禍を地方移住促進に積極的に活かすべきだとの論調が目立ちます(注2)。さらに最近では、地方移住者の増加を地方創生につなげるべきだとする、より踏み込んだ記事も見られるようになりました(注3)。
確かに地方移住への関心は高まっています。内閣府が昨年6月に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」に関する資料(注4)によると、今回の感染症の影響下において地方移住への関心が「高くなった」「やや高くなった」と答えた人は20歳代の22.1%、30歳代の20.0%を占めました。なかでも東京都23区(東京特別区部)に居住する20歳代では、地方移住への関心が「高くなった」「やや高くなった」と答えた人の割合は35.4%に及び、都市部の若者を中心に地方移住への関心が高まっていることが示されました。
地方移住の動きが活発化しつつあることも統計データから読み取れます。東京特別区部を例に見てみましょう。総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」から、2019年度及び2020年度における他道府県転出入による東京特別区部の人口増減の推移を見ます(図1)。図1は、外国人を除く日本人のみの増減を示したものです。就学、就職あるいは転勤等で人が大量移動する3月、4月を除く5月~翌年2月までの増減を見ると、2019年度が月に1,000~3,000人程度の転入超過であるのに対し、コロナ禍に陥った2020年度は特に7月以降月に2.000~4,000人程度の転出超過になっており、コロナ禍での地方移住が起きていることがわかります。
受け入れ側の視点を欠く地方移住の情報
一極集中解消の観点から地方移住が進むことは望ましいことですが、本質的なことが置き去りにされているのではないかと違和感があります。メディアの発信にしても公的な意識調査にしても移住する側の視点に立ったものばかりで、受入側の視点が欠落しているのです。2019年12月から2020年1月にかけて三重県が全国の移住経験者200名を対象に行った調査(注6)では、理想と現実のギャップを感じたこととして「物価の高さ」や「不便な生活」と並んで人や地域との関わりを上げていました。具体的には「地方ならではの住民とのつながりや交流は魅力だと思っていたが、実際は人との距離感が近過ぎて戸惑ったり、煩わしさを感じることがあった」と回答した人が10%、「地方ならではの住民とのつながりや交流は魅力だと思っていたが、実際は移住者はコミュニティに入りづらく、孤立してしまった」という人が8.5%いました。これらの回答だけ見れば移住者が被害者であるかのように感じてしまうかもしれずミスリードしかねません。受入側からどう見えていたのかについての情報がなければ状況を正しく理解することはできません。
地方での移住生活は受入地域の人や文化との関わりのなかで生活をしていくことにほかなりません。その関わりがうまく作れなければ移住を継続することは困難になります。総務省が2009年からスタートさせた地域おこし協力隊(注7)では、2020年度までに任期が終了した隊員の約半数が任期途中で退任しています。途中退任の理由として最も多いのは「起業・就業等」(4割)でしたが、「自治体や受入地域とのミスマッチ等」を挙げた人も2割いました(注8)。地方志向の強い地域おこし協力隊員でも、結果として受入地域との関わりをうまく作れない人はいるのです。移住者の視点だけで安易に考えると残念な結果を招きかねません。
移住する側と受け入れる側との関係の作り方を改めて考える
そこで、筆者が大学教員として14年間を過ごした滋賀県長浜市を例に、移住する側と受け入れる側との関係の作り方について改めて考えてみることにしました。筆者は東京の民間企業を早期退職し、2007年に長浜バイオ大学に転職しました。企業での経験を活かし大学では主としてビジネス科目とキャリア教育科目を担当しましたが、実社会でのリアルな事例を学生に提供するため、長浜市内で活動する多くの商工業事業者や市民の方々、彼らの活動を支援する行政の方々にご協力をお願いし、一緒に授業を創り上げてもらいました。2015年以降、市の総合計画審議会や長浜市政「挑戦と創造」の懇話会の委員としての活動等を通じて長浜市の課題を学ぶなかで、地方移住について移住する側と受入側の双方の視点から考える機会を作ることとしました。
授業では「地方に移住する」、「地方で起業する」という選択をした方々に協力していただきました。2020年度に通年で実施した「長浜魅力づくりプロジェクト」では長浜市の地域おこし協力隊を取り上げ、隊員3名、行政担当者2名、受入地域で隊員と関わりのあった市民4名にインタビューさせていただきました。また、夏期集中の「おうみ学生未来塾」では、長浜市で起業した6名にインタビューさせていただきました。コロナ禍ということもあり、インタビューはオンラインで実施させていただきました。
インタビューを通して見えてきたのは、地域の人との信頼関係を作っていくことが地方への移住や地方での起業を成功に導く大きな要因のひとつだということです。15名という限られた人数ではありますが、移住者のどのような行動が信頼関係を作るのに影響したか、また信頼関係の有無が生活や事業にどのような影響を及ぼすかといったことについてもかなり明確にお話を伺うことができました。
本稿ではインタビューで語っていただいた内容を元に、信頼関係の築き方のヒントを次回以降3回にわたって探っていきます。
(次回につづく)
(注1)「コロナ、テレワークで加速する地方移住 東京への近さと環境の良さ前面に自治体呼び込み本腰」,東京新聞TOKYO Web, 2020.11.14,(https://www.tokyo-np.co.jp/article/68386).、「『利点しかない』『価値観変わった』…働き盛り、コロナ禍移住広がる」, 読売新聞オンライン, 2020.11.30,(https://www.yomiuri.co.jp/national/20201130-OYT1T50040/).
(注2)「コロナ禍の地方移住 “追い風”生かそう」, 佐賀新聞LiVE, 2021.3.8, (https://www.saga-s.co.jp/articles/-/641898).、「<湖国の現場2021>地方移住の好機、魅力発信を」, 中日新聞, 2021.5.9,(https://www.chunichi.co.jp/article/250197).
(注3)高橋徹, 「東京一極集中に限界 ウィズコロナの地方創生」(読売クオータリー 2021冬号), 読売オンライン, 2021.1.29,(https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/cknews/20210126-OYT8T50145/).、亀和田俊明「ウィズコロナ時代に移住で考える地方創生②地方自治体の受け入れ態勢の整備・拡充で移住促進へ」, GLOCAL MISSION Times, 2021.5.31, (https://www.glocaltimes.jp/9119).
(注4)内閣府政策統括官, 「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」, 内閣府, 2020.6.21, (https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf).
(注5)内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局, 「移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業 報告書」, 内閣官房・内閣府総合サイト 地方創生ホームページ, 2020.5.15, (https://www.chisou.go.jp/sousei/pdf/ijuu_chousa_houkokusho_0515.pdf).
(注6)三重県戦略企画部広聴広報課, 「三重県、全国の地方移住経験者に対する意識調査を実施」, 共同通信PRワイヤー, 2020.2.3, (https://kyodonewsprwire.jp/release/202003248363).
(注7)一般社団法人移住・交流推進機構の説明を借りれば、地域おこし協力隊とは「人口減少や高齢化等の進行が著しい地方において、地域外の人材を積極的に受け入れ、地域協力活動を行ってもらい、その定住・定着を図ることで、意欲ある都市住民のニーズに応えながら、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とした制度」(https://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/about.html)
(注8)総務省地域力創造グループ地域自立応援課,「令和元年度における地域おこし協力隊の活動状況等について」, 総務省, 2020.3.27, (https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei08_02000197.html).