地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第8回)Ⅳ.その他のケース①地域おこし協力隊として地元にUターンし起業:まちの編集者『うるう』 山瀬鷹衡さん

by 松島三兒

今回は、地域おこし協力隊の制度を利用して地元にUターンし、起業した山瀬鷹衡さんへのインタビューです。

山瀬鷹衡さん(長浜市西浅井町にて), 山瀬さん提供

Ⅳ.その他のケースからみた「地方への移住」「地方での起業」

これまでは、
1)地元で活動を続けて起業したケース
2)地元にUターンして起業したケース
3)地域おこし協力隊員としてIターンで移住して起業したケース
をみてきましたが、今回と次回は以下のケースをみていきたいと思います。

4)地域おこし協力隊員として地元にUターンして起業したケース
5)結婚により移住して起業したケース

今回と次回は、4)のケースとして、まちの編集者『うるう』代表の山瀬鷹衡さんのインタビュー、5)のケースとして、子育て応援カフェLOCO代表の宮本麻里さんのインタビューをふりかえってみます。

外形的には、4)のケースは、地元へのUターンという点で2)と共通項が、また地域おこし協力隊という点で3)と共通項がありますし、5)は移住・起業するという点で3)と共通する部分があります。実際はどうでしょうか。

今回は4)のケースの山瀬さんのインタビューをみていきます。

1.まちの編集者『うるう』代表 山瀬鷹衡さん

長浜市西浅井町出身の山瀬鷹衡さん(34)は高校卒業後、大阪芸術大学に進学し、キャラクターデザインを学びます。卒業後は同大学の非常勤副手として3年間働き、25歳で大阪のWebメディア運営会社に就職。ライターや編集の仕事に携わります。

リモートインタビューに答える山瀬さん, 2020年8月20日

実は山瀬さんは、大学で大阪に出たときから、30歳になったら地元に戻ろうと考えていました。いよいよ30歳に近づき、そろそろ戻る準備をしようとしていたとき、仲が良かった高校の同級生が地元に戻ってきました。

「一緒に地元で何か事業をやろうぜと話をしていて、同級生がその事業を1年くらいかけて軌道に乗せたタイミングで大阪から戻ってきて一緒に仕事しようと思ってたんです」

地域おこし協力隊員としてUターン

どんな事業にするかいろいろと考えているときに山瀬さんは、長浜市が第2期の地域おこし協力隊を募集することを知ります。この制度を活用すれば、事業の計画や進捗と関係なく、すぐに地元に戻ってくることができます。さっそく応募し採択を受けて、当初から思い描いていた30歳という年齢で、協力隊員として地元に戻ってきました。 地域おこし協力隊としての山瀬さんのミッションは“エクスペリエンス・メーカー”。「点在する長浜の魅力を線でつなぎ、滞在型体験プログラムの企画や情報発信を行う」ことです。山瀬さんがまず始めたのは、「『人』を通して地域の魅力を」情報発信することでした。滋賀県湖北地域に住んでいる「こんな面白い人」「楽しんでいる人」を再発見し紹介する“コホクニ、”というウェブメディアを立ち上げます。

“コホクニ、”ホームページ, https://kohokuni.com/

“コホクニ、“の活動と並行して、地域の人たちがやりたいことを、一緒に手伝いながらイベント化したり事業化したりする活動を行い、2018年1月には“うるう”という屋号で個人事業主として企画やデザインの仕事を始めます。

「“うるう”というのは、うるう年とかうるう日の“うるう”なんですが、4年に1回しかない日なので、普段はない1日なんですね。だけど次の4年のサイクルに入るためには必要な1日で、その1日がないと全体のバランスがとれない。自分もそんなポジションになりたいなという想いで、“うるう”という屋号をつけました」

地元の仲間と事業を立ち上げ

大阪から帰る直前に地元の同級生仲間と話し合っていた事業も立ち上がり、“ONE SLASH”というチーム名で、「地元のネガティブをポジティブに」をコンセプトに活動を開始しました。地域課題を解決しながらより良くしていこうという活動です。この活動を始めるきっかけとなったのが、12年ぶりに大阪から帰って、寂れた地域の祭りに衝撃を受けたことでした。

「子どもの時にすごく楽しかった思い出のひとつが村の祭りなんですが、僕が戻ってきたときには村の祭りが簡素化されていて、例えば屋台が1軒も出てないとか、子ども神輿も今日は雨が降りそうだからで中止にしてしまうとか、これは子どもら、絶対おもろないやんって思ったんですよ。僕らとして何かやろうぜということで、自分たちで屋台を出したり、隣町からマジシャンを呼んで境内でマジックを披露してもらったりしたら、どこにこんなに子どもいたんやろって思うくらい子どもたちが集まってくれて、しかも大人たちもそれに伴って集まってくれて、神主の奥さんもこんなに神社に人が集まったのは何年振りやろうとすごく感動してくれたんです。それで、こういうことをやっていきたいよねとみんなで話し合ったんです」

ONE SLASHはその後、ユニークな活動にいろいろと取り組んでいきます。たとえば、西浅井町の魅力を発信するために桜の時期に開催した西浅井春マルシェ。桜で有名な海津大崎が桜の時期だけ一方通行になり、出口の西浅井町に何千人と人が来るのに、西浅井町にはほとんど飲食店がありません。これはチャンスだと思った山瀬さんたちメンバーは屋台など約15店舗に出店してもらい、600人の入場を実現。直近の3回目のマルシェは1000人を集めるイベントとなりました。

ネガティブなイメージの獣害をポジティブなイメージに変えるため、ジビエ料理のグランプリを決める“ジビエワングランプリ”も西浅井町で開催。雪積もる2月の開催にもかかわらず1000人くらいの人が集まりました。4000人の町に1000人を集めるイベントは大きな反響を呼びました。こうした活動を繰り返すうちに、当初3人で始めたONE SLASHも6人になり、10人になりというふうに仲間が集まってきました。

後で集まってきてくれた仲間の多くは地元から出た経験がなく、地域の良さが当たり前になっているため自分の住んでいる場所の何がいいのかよくわからないという人が多かったと言います。だからこそ外からの目線を持っている山瀬さんたちが展開した活動が、地元の良さを再認識させてくれるきっかけとなり、自分たちも参加したいという気持ちにつながったのでしょう。

“ONE SLASH”facebookページ, https://www.facebook.com/1slash.nagahama

より大きな社会課題への挑戦

地域課題解決のためのイベントを進めるなかで、もう少し社会課題を大きく捉えたいと山瀬さんたちは農業に着目します。まず最初は、ひとりでやったら大変な米作りも、みんなでやれば楽しいに違いないと米作りを始めました。

「始めていくといろいろな課題もみえてきました。たとえば、頑張って作っても全然儲からないとか、めちゃくちゃ大変とかいう話をたくさん聞きました。ほかの米作りをしている60代、70代の人からも、『担い手がいなくなって耕作放棄地もどんどん増えているし、もう来年はわしらもやめようかな』といったネガティブな言葉がどんどん出てくるので、これは何とかポジティブに変えたいなと。そこで、米作りはめちゃめちゃ楽しいんだよっていうことを伝えるために“Rice is comedy”、米作りは喜劇だというコンセプトを決めて、2019年から米作りの活動を本格的に始めました」

“Rice is comedy”のコンセプトのもと、ただ米を作るだけでなく、街なかに突然屋台を引いて現れて薪を使って羽釜で炊飯し、おにぎりにして通行人にふるまう”ゲリラ炊飯“というイベントを始めたり、クエンティン・タランティーノ監督の映画をみせて育てた苗からできたお米をタランティーノ監督に送ろうという企画を立てたり、およそ普通の農家の人がやらないようなことを企画・実行してきました。山瀬さん自身は米作りの実働を担うわけではなくて、活動の戦略や見せ方、パッケージデザインなど、これまで培ったスキルを活かせる部分で関わっています。

「今年もその活動は続けてるんですけど、農業に興味を持ってくれている人も増えているし、僕たちのファンになってくれるような人も増えてきているので、みんなの課題を解決するためにはちょっと変わったことをするのは大事なんだなと最近では強く思ってます」

“Rice is Comedy”ウェブサイト, https://riceiscomedy.official.ec/

個人事業主として活動を拡大

2020年6月末に地域おこし協力隊を卒業した後は、まちの編集者『うるう』の個人事業主として、同社の活動とONE SLASHの活動を精力的続けています。

学生時代にボードゲームの面白さに魅了された山瀬さんは、2021年3月には、知らない人同士が気軽に仲良くなれる場として、長浜中心市街地にボードゲームスペース“RESPAWN”をオープンしました。また、1月には古民家鑑定士1級の資格を取得するなど、活動の幅を大きく広げています。

ボードゲームスペース“RESPAWN”店内, 山瀬さんfacebookページ(2021年3月1日)から

ビジネス拠点としての湖北の良さ

今は事業主として活躍している山瀬さんですが、元々は個人で事業を立ち上げるつもりだったわけではありません。大学のときに大阪に出た理由のひとつが、地元である湖北地域には仕事がないと思ったからでした。しかし、大阪で働いて地元に戻った時には地元に対する見方が変わっていました。

「滋賀県長浜市とか湖北の地域は個人事業主が多いんですよ。会社に入る必要がないんです。なんでかっていうと需要があるから。大きな会社がないからこそ、個人事業主として対応できる需要が多くて、自分のスキルを活かすことができます。個人事業主同士のつながりもあって、仕事を紹介しあったりもするし、新しく入ってきてもすぐに受け入れてもらえて輪に入れてもらえるのも、この地域ならではの良さなんじゃないかなと思います。また、都会で流行っていることをやると注目度が高いし、需要の掘り起こしにつながりやすい。地方でビジネスをやる良さというのはこういうところにもあると思います」

特に長浜は高速道路や新幹線へのアクセスも良く、空港や都会にすぐ行けるという地理的な利点もあると言います。これから先の時代を考えると、都会で働く意味はなくなると山瀬さんは考えています。

「オンラインが進んだり、5GだったりとかのICT環境が進めば進むほど都会の一等地で仕事する必要がなくなります。そうなったらどこに豊かさを感じるんだろうって考えました。自然いっぱいのところで仕事をして、仕事が終わったら川辺でバーベキューをしたり、冬場だったらちょっとスキーに行くというような、そういう豊かさがこれから求められるんじゃないかなと思うんです。そういう意味で言うとこれから地方はどんどん人が集まってくるし、長浜も然りです。ただ、将来的なスパンでみると長浜に対する需要は、定住とか移住という文脈ではなくて、ひとつの拠点としての需要だと思います。たとえば週末だけ長浜で仕事をし、月に1週間は沖縄で仕事するとか、そういう働き方がこれからの時代かなとも考えます」

一度地元から出て都会を経験すべし

山瀬さんは若い人へのアドバイスとして、自身の経験から一度都会に出ることを勧めます。理由のひとつは外からの目線で地元の良さを再認識できること。山瀬さんは大阪に12年間いましたが、結婚して子どもを育てることを考えたとき、地元以外で育てるイメージを持つことができなかったということです。今は地元で子育てができて良かったと言います。

もうひとつの理由は、地元に戻ってきたときに使えるスキルを積む環境が都会の方が整っていることです。

「何かひとつのスキルに特化する必要はなくて、ひとつのスキルについて7割くらいの力を身につければ、あとはその7割くらいのスキルを2つとか3つとか作っていく方が生活していきやすいし仕事していきやすい思います。たとえばデザインができる人はたくさんいますから、僕もデザインのスキルだけだったらきっと難しかったなと思います。僕の場合はデザイン以外に、企画やライターのスキルが大阪の会社でたまたま作れました。文章も書けるデザイナーは少ないんですよ。そうすると、ちょっと僕に仕事頼もうかなみたいなところもあるし、企画も得意なので企画段階から参加して、じゃあそれに必要な販促のポスターを作りましょうとか、ウエブページ作りましょうといった文脈に持っていけるので、いろいろと仕事ができてるかなと思います」

最後に

山瀬さんのインタビューをふりかえると、地域おこし協力隊員の良さと、Uターン起業者の良さの両方をうまく活用できていると感じます。山瀬さんがインタビューの最後に若い人へのアドバイスとして語ってくれたことのなかに、そのエッセンスが含まれています。

地域おこし協力隊員は、ほとんどの人がIターン移住者です。第7回(對馬佳菜子さん)でNPO法人花と観音の里・理事の武田雅博さんが言及されていましたが、協力隊員は「風の人」として「夢や理想、新しい考え方などを運んでくる」ことが期待されます。さらに第6回(植田淳平さん)で、あいたくて書房の久保寺容子さんが指摘したように、しがらみがないからこそ地元の人にやれないことができるとういことも期待されます。

山瀬さんはUターンですが、一度外に出た人間だからこそみえる地元の良さを、地元の人が思いつかないやり方で事業にしたりイベントにしたりしています。上で紹介した武田さんや久保寺さんが述べた期待を、質高く実現しているということができます。

さらに、Uターン起業者については、第4回(立澤竜也さん)、第5回(村上裕一さん)の共通点のひとつとして「顧客の要望に臨機応変に対応できるスキルを身につけ」ていることを挙げましたが、そこで述べたことは、都会の企業で培われた多様なスキルを上手に組み合わせて地元の顧客ニーズに応えているということでした。

山瀬さんの場合は、特定のクライアントのニーズに応えるというよりは、自ら企画して実現していくスタイルですが、そこでは山瀬さんが培った多様なスキルを縦横無尽に活用して事業化、イベント化していることがうかがえます。こうしたチャレンジが事業の幅を広げることにつながっているのでしょう。

山瀬さんのインタビューのふりかえりは以上です。次回は、結婚により県外から移住して起業した宮本麻里さんのインタビューをみていきます。

(次回に続く)

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