「純米吟醸 長濱」を生んだ長浜人の地の酒プロジェクト(1)プロジェクトの立ち上げ

by 松島三兒

地域ブランド「純米吟醸 長濱」を生み出した“長浜人の地の酒プロジェクト”。本稿では、「純米吟醸 長濱」が開発された経緯と当事者たちの想いについて、2019年10~12月に実施したプロジェクトのコアメンバーへのインタビューと、メンバーとしての筆者と学生たちとの体験を基に紹介していきます。

純米吟醸 長濱 (株式会社黒壁提供)

滋賀県で最も古い酒蔵がある長浜市

皆さんは滋賀県と聞くと何を思い浮かべますか?多くの人はやはり琵琶湖を思い浮かべるのではないでしょうか。琵琶湖は滋賀県の面積の6分の1を占め、その貯水量は275億トン(注1)。外縁の山々から117もの一級河川が流入(注2)する日本で最も貯水量の多い湖です。琵琶湖に集まった水は滋賀県と、淀川水系の流域に位置する京都、大阪および兵庫の計4府県の人口1,830万人のほぼ8割にあたる1,450万人に供給されています(注3)。

豊富な水に恵まれた滋賀県では弥生時代の水田跡もみつかっており(注4)、すでに弥生時代には稲作が営まれていたことがわかっています。平安時代に入ると、近江米は人口が増加する京の都に大量に運ばれるようになり、広く知られるようになっていきます(注5)。米は現在でも滋賀県の主要な農産物であり、滋賀県の経営耕地に占める水田の割合も96.3%と全国で2番目に高い割合(図1)となっています。

長浜市・田村山から琵琶湖と水田を望む, 2016年5月12日筆者撮影

豊富な水と見渡す限りの水田と来れば、そこから連想されるのはやはり酒造り。滋賀県は北部に伊吹山系、西部に比良・比叡山系、南部に鈴鹿山系の水脈があり、各地域でそれぞれの水質に適した酒造りを行っています。現在、滋賀県酒造組合に加盟する酒蔵は33場。なかでも山路酒造(注6)と冨田酒造は16世紀前半の創業で、現存する全国の酒蔵のなかでも古い歴史を持っています(表1)。これら2つの蔵があるのが、北国街道の宿場町であった長浜市木之本です。これらの蔵が創業した天文年間初頭は、京極氏に代わり小谷城に拠点を置く浅井氏が北近江の支配権を確立した時期でもあります。この頃の木之本はまだ宿場町として整備される前でしたが、大きな牛馬市が開かれるようになっており、木之本地蔵院への参拝者と合わせ大いに賑わったことでしょう(注7)。

(出所)きた産業株式会社「18世紀までに創業して現在も醸造を継続する清酒・焼酎蔵元296社の創業年順リスト」(2021年9月3日取得, https://kitasangyo.com/pdf/archive/sake-info/oldest_sake.pdf

滋賀県でもっとも古い酒蔵が存在する長浜市。今回紹介するのは、そんな長浜市で2014年に誕生した地域ブランドの日本酒「純米吟醸 長濱」の開発ストーリーです。以前にfacebookで開発に携わった当事者たちの想いを簡単に紹介しましたが、今回は筆者が勤務していた長浜バイオ大学の学生たちがどう関わったかも含め、改めて紹介させていただきます。

「長濱人の地の酒プロジェクト」の立ち上げ

「長浜の資源と技を活かした地酒を造りたい」。黒壁AMISU事業部長の前田雅美さんからそう提案があったのは2013年12月初旬のことでした。

長浜のまちづくりを担う目的で設立された株式会社黒壁が、滋賀県の産品を扱う店として2013年にオープンさせたのが黒壁AMISUです。AMISUは聞きなれない言葉ですが、提案の際にいただいた資料には次のように書いてありました。

「『amisu』 とは、”見立て“という意味。滋賀特有の歴史・文化・風土に根ざした『ホンモノ』のモノづくりをしている”職人“の技を見立てお届けします」

黒壁AMISU(株式会社黒壁ホームページより)

前田さんは、単なる土産物屋ではなく、滋賀県の「ホンモノ」を見立てて県外の人に紹介できる店にしたいとの思いを持っていました。地元長浜にはどんな「ホンモノ」があるのか。それを探していく中で出てきたもののひとつが「地酒」だったのです。長浜には4つの酒蔵があり、そのうち2つは上で述べたように室町時代から続く蔵です。こうした蔵で造られた「ホンモノ」を紹介することはたしかに想いに沿うものではありましたが、前田さんはそれでは満足しませんでした。

どうせならすべて長浜のものを使って、メイド・イン・長浜で新たないいお酒を造りたいと考えたのです。それは絵に描いた餅ではありませんでした。前田さんの頭の中ではすでに誰に参加してもらうかプランがあらかた決まっていました。前田さんは黒壁AMISUを仕掛ける前から、仕事を通じて地元の農家や蔵元たちの働きぶりを見たり、ときには一緒に活動したりしてきました。「だから、一緒にやりたいと思った人たちと早くプロジェクトを立ち上げることができた」とふりかえます。

長浜人の地の酒プロジェクトメンバー:左から2人目が冨田酒造・冨田泰伸さん、4人目(車内)が黒壁AMISU・前田雅美さん、5人目が百匠屋・清水大輔さん、一番右が筆者、一番左と左から3人目は卒業研究でプロジェクトに関わった西村考平さん、野々村志保さん, 2014年4月18日撮影 株式会社黒壁提供

酒米づくりを担う百匠屋の清水大輔さんは、その人となりや農業と向き合う姿勢に前田さんが感銘を受けた農家のひとりです。百匠屋のある三田地区のお米は、かつて伊勢神宮献上米として評判を博したこともあります。清水さんは「この地域の土壌は砂質に富んでいて水はけがいい。そのため肥料が余分に残ることもなく、お米の品質にはプラスに働いている」と言います。のちに酒造りを担うことになる山岡酒造蔵元の山岡仁蔵さんも百匠屋のお米に太鼓判を押すひとりです。「清水さんところの米は、サッとしたきれいなお米だ。できたお酒がきれいに仕上がってくる」

百匠屋のそばにある「正田の由来」の看板, 筆者撮影(地図中の☆、百匠屋、姉川古戦場跡の表記は筆者加筆)

初年度から酒造りを担うことになる冨田酒造の15代目蔵元・冨田泰伸さんは、2002年に蔵に戻ってきて以来、米、水、環境という地域資源を大切にした酒造りにこだわってきました。前田さんは、冨田さんの独自性を持ったこだわりを評価してきたひとりです。「出所がはっきりしていることはマーケティングの観点からも大事だ」。そう考える冨田さんは、米も自分が信頼する8軒の農家が作ったものだけを使っています。百匠屋もその8軒のうちの1軒です。冨田さんが前田さんのプロジェクトに参加した理由のひとつも「出所がはっきりしている」ことでした。そして、もう一つの理由が、売り手がいること。造り手がいくら想いを込めて造っても、その想いだけでは売れないという例をたくさん見てきました。その意味でも、売り手である前田さんがプロデュースしたプロジェクトは魅力的だったのです。

後から参加することになるもうひとりの造り手の山岡さんは、明治から続く山岡酒造の4代目蔵元です。80歳を超えてなお勉強熱心であり、丁寧な酒造りをモットーとしています。前田さんはその姿勢に感銘を受けました。その山岡さんも、売り手がいるということは魅力的だったと言います。

さて、ここまで読んで、あれ?っと思われた方がいるかもしれません。黒壁AMISUの前田さんはなぜ、筆者である松島のところに提案に訪れたのか?普通なら、米農家の清水さん、蔵元の冨田さん、売り手の前田さんが揃ったところでプロジェクトは成立のはず。

長浜バイオ大学の参加

なぜかというと、前田さんの勘違いが原因だったのです。前田さんは、甥っ子が読んでいる「もやしもん」を見て、長浜バイオ大学にも発酵をやっている先生がいるに違いないと考えて、筆者のところに訪ねてこられたのです。

しかし、意外に思われるかもしれませんが、長浜バイオ大学には発酵分野の研究をしている教員はいません。ただ、多彩な研究分野の教員がいるため、酒造りに関心を持つ人もいるかもしれません。そこで、筆者から全教員に宛てて協力依頼をしたところ、ひとり手をあげてくれた教員がいました。化学的手法を駆使して生命現象を解明することを目的とするケミカルバイオロジー分野の長谷川慎准教授(現在は教授)です。長谷川研究室では、4年次生が卒業研究として冨田酒造の蔵付き酵母の単離を手掛けることになりました。

前田さんはまた、このプロジェクトに市民も巻き込もうとしていました。消費者となる市民の方々に、米作りから新酒を味わうまでのプロセスの中で地酒づくりに関わったといえる体験をしてもらうことを通じて、これから生まれてくる地酒のファンになってもらおうと考えたのです。筆者は日本酒造りに興味を持つ2年次生に、酒米づくりを体験してもらうとともに、前田さんの企画する市民参加イベントのスタッフとしてプロジェクトに関わってもらおうと考えました。

さて問題は学生集めです。どう声をかけようかと思案しているところにやってきたのが、2年次生の原口大生さんでした。「先生、酒造りのプロジェクトの話があるらしいって聞いたんですけど、それって僕らも参加できるんですか?」。お、なんという地獄耳だ。ちょうど良かった!「おお、もちろん、もちろん」ということで、さっそく仲間集めを指示。前田さんの勘違いのおかげで、学生たちも期せずしてプロジェクトに参加できることになりました。感謝です。

こうして2014年春にスタートしたのが「長浜人の地の酒プロジェクト」です。冨田さんが提案した「地の酒」という言葉に、より「地」を意識するという思いが強く表れています。

(次回に続く)

(注1)滋賀県[2021]「琵琶湖の概要」滋賀県ホームページ, (2021年9月2日取得, https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/biwako/gaiyou.html

(注2)琵琶湖・淀川水質保全機構[2019]「BYQ水環境レポート——琵琶湖・淀川の水環境の現状—— 令和元年度(2019)」,(2021年9月2日取得, http://www.byq.or.jp/kankyo/r01/byqreport_frameset-2019.html

(注3)滋賀県[2021]「平成30年度 琵琶湖水利用区域内給水人口および琵琶湖水利用区域図について」滋賀県ホームページ, (2021年9月2日取得, https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/biwako/317447.html

(注4)守山弥生遺跡研究会[2021]「野洲川下流域の弥生遺跡」守山弥生遺跡研究会ホームページ, (2021年9月2日取得, http://yasugawa-iseki.yayoiken.jp/index.html

(注5)アクア琵琶[2006]「生命の湖、琵琶湖を次世代へ」アクア琵琶ホームページ, (2021年9月3日取得, https://www.kkr.mlit.go.jp/biwako/aquabiwa/biwazu/51/02.html

(注6)富田八右衛門編纂[1983]『近江伊香郡志 中巻』弘文堂書店.には、山路酒造の桑酒の歴史について次のような記述があるそうです。「傳説によれば、(中略)天文の頃山路家の祖先一夜霊夢を感じ、後園に植栽せる桑根を採って酒に和して醸せしに、芳烈甘美にして諸病に奇効を奏せしかば、その名漸く世上に知らるゝに至れり」(レファレンス協同データベース中の事例詳細より, https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000245096

(注7)長浜市[2021]「牛馬市跡」(2021年9月3日取得, https://www.city.nagahama.lg.jp/cmsfiles/contents/0000001/1773/20120411-184023.pdf

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