「アニサキス」による食中毒に注意‼~「家庭」で発生する食中毒事件が増えている~

by 松島悦子

コロナ禍のなか、飲食店での食事機会が減少し、食中毒の発生状況が例年と異なる様相を呈しています。食中毒統計(厚生労働省)より、食生活にどのような変化が起こっているのかを考察します。


図1.”Fish and Fishery Products Hazards and Controls Guidance Fourth Edition-June 2021”(注1)

1.食中毒の発生件数が減少、特に「飲食店」で激減

新型コロナウイルス感染症の拡大とその対策によって、私たちの生活行動は様々な影響を受けてきました。食中毒の発生状況にも、これまでにない動きがみられます。厚生労働省が公表している食中毒統計(注2)によると、食中毒事件の発生件数は、2014~2019年は年間1000~1300件でしたが、2020年は887件と減少しました。

施設別の発生件数は、これまで全体の5~6割を占めていた「飲食店」が激減し(2019年580件→2020年385件)、その一方で、「家庭」が増加しています(155件→166件)。これは、新型コロナウイルス感染症対策としての緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が、飲食店に厳しい営業制限をしたこと、また、人々が自ら外食を控えたことが影響しているといえます。2020年の家計調査(総務省統計局)より、総世帯における実支出の対前年増減率をみると、「外食費」が-30%と大きくダウンしていることからも明らかです(注3)。

患者数が増えた背景に、2つの大規模食中毒事件が…

このように、2020年は食中毒の総発生件数と「飲食店」での発生件数が減少したのですが、食中毒の患者数は14,613人で、前年の13,018人よりも増えています。患者数が増えたのはなぜなのでしょう。詳しく調べてみると、2020年6月と8月に大規模な食中毒事件が起きていたことが分かりました。

6月末に、埼玉県八潮市の小中学校で、約3,400人の児童生徒及び教職員が、腹痛や下痢の症状を訴えた集団食中毒が発生していました。「学校給食」メニューの海藻サラダから病原大腸菌O7:H4が検出され、調理で加熱処理しなかったことが原因とされています(注4)。

8月には、東京都大田区で、患者数2,548人の大規模食中毒がありました。東京都の発表によると、原因施設は「仕出し屋」で、仕出し弁当を喫食したことによるものとされています。病因物質は毒素原性大腸菌O25(LT産生)、原因食品は玉ねぎで、洗浄が不十分だったことで事故を発生させた可能性が高いと結論づけられています(注5)。

新型コロナウイルス感染症が拡大するなかで、このような大規模な食中毒が発生したことは、おそらく平常時とは違う状況が誘因となったためと考えられますが、原因を突き止めて、再発防止策を講じることが不可欠です。

食中毒統計に含まれるのは、医師が保健所に届け出た事件だけ

食中毒とは、「飲食物や容器を介して体内に入った微生物や化学物質で起こる急性・亜急性の生理的異常」と定義されています。厚生労働省により公表されている食中毒統計は、食中毒患者を診察した医師が保健所長に届け出て、保健所で調査、確認を行い、その結果が都道府県を通じて厚生労働大臣に報告されたものだけで集計されます。医師の診断を受けるとは限らないので、実際の数を把握するのは困難です。実数は、統計数の約20~100倍と考えられることこともあります。

2020年は、医療機関の外来患者が1割減少したことが報道されており、感染を恐れた受診控えの増大によるものとみられています(注6)。食中毒の場合も、受診を控えた人が例年よりも多かったのではないかと推測されます。また、感染症対応で、保健所の業務が大幅に増えたので、食中毒の調査・確認業務が通常通り行われていたのか危惧されます。このような感染拡大の間接的な要因が、食中毒統計に影響を与えた可能性は否定できません。

それでは、食中毒事例より、さらに詳しく見ていきましょう。

2.原因物質別では、「カンピロバクター」と「ノロウイルス」が著しく減少

図1は、食中毒統計より、原因物質別の食中毒の発生件数の推移を示しています。前年に比べて、2020年の発生件数が増加したのは「寄生虫」で、「カンピロバクター」と「ノロウイルス」は顕著に減少しました。「カンピロバクター」は182件で200件を下回り、「ノロウイルス」は99件で、1998年以来最少となりました。そのほかの食中毒については横ばいで、特に大きな変化はありませんでした。


(図1)食中毒発生状況の推移(発生件数)
(出典)厚生労働省「食中毒統計調査」より主要なものを抜粋し作成

カンピロバクター食中毒は、鶏レバーやささみなどの刺し身、鶏のたたきなどの半生や加熱不十分の鶏肉料理が原因で多発し、発生施設として居酒屋などの「飲食店」が多くを占めています。したがって、2020年にカンピロバクター食中毒が減少したことと、飲食店での食中毒が減少したことは関連しており、コロナ禍の影響を強く受けたことが推察されます。

カンピロバクターは、家畜や家禽(かきん)類の腸内常在菌で、食肉、特に鶏肉、臓器や飲料水を汚染し、少ない菌量で食中毒を発症させます。頭痛、発熱、倦怠感の症状の後、吐き気や下痢を引き起こします。鶏肉の汚染率は高く、市販されている鶏肉の20~100%からカンピロバクターが検出されています。乾燥や加熱に弱いため、肉汁が出なくなるまで徹底的に加熱することが必要です。

鶏のから揚げ(肉汁が出なくなるまで徹底的に加熱)

コロナ対策が、「ノロウイルス」食中毒の予防に

2020年は、「ノロウイルス」による食中毒が、発生件数と同様、患者数も大幅に減少しました(2019年6,889人→2020年3,660人)。細菌性食中毒が高温多湿の夏季に集中するのに対し、ウイルス性食中毒は、気温が低く空気が乾燥する冬季に集中する傾向があります。

しかし、2020年の発生件数を月別で集計すると、季節性の傾向よりも、緊急事態宣言の影響が強く出ていました。飲食店の営業制限や、学校の一斉休業、テレワークの推進などのコロナ対策が、ヒトからヒトへの感染を防ぐだけでなく、共に食事をする機会を減らすことでノロウイルス食中毒の発生をも防いでいたと考えられます。

ノロウイルスは感染力が強く、少量のウイルスでも発症します。症状は、下痢やおう吐などです。この食中毒は、生ガキなどの二枚貝が原因食品とされていますが、食品取扱者などヒトから飲食物を介してヒトへの感染でより多く引き起こされます。食品の十分な加熱(中心温度85℃、1分以上)と、手洗いの徹底、器具類の殺菌(次亜塩素酸ナトリウム溶液)が予防となります。コロナの感染予防として、マスクの着用や手洗い、消毒が習慣的に行われていることも、ノロウイルスの感染予防に役立ったものと考えられます。

「アニサキス」が最多に

近年、「寄生虫」を原因物質とした食中毒は、急激に増加し、2018年以降はカンピロバクターやノロウイルスを超え、最多となりました。2012年12月に食品衛生法施行規則が一部改正になり、アニサキス、クドア、サルコシスティスなどの寄生虫による食中毒が、食中毒統計に加えられました。前掲の図1でも、2013年から、「寄生虫」として登場しています。

2020年は、寄生虫による食中毒が昨年よりも増加し(2019年347件→2020年395件)、その約9割が「アニサキス」(2020年386件)が原因でした。食中毒の原因食品についても、2020年は、アニサキスが寄生する「魚介類」が3割以上となり、最も多くなっています。

アニサキスは、日本では70年代以降になって内視鏡検査の普及とともに虫体の摘出が可能となり、発生している実態が把握できるようになってきました。体長2~3㎝の線虫で、その幼虫はサバやニシン、タラ、イワシ、サケ、マス、スルメイカなどの内蔵表面に寄生し、サケやマスなどは腹部の筋肉にも多くいます。魚を生で食べた時に、胃や腸壁に侵入し、2~8時間後に激しい腹痛やおう吐などの症状をきたします。アニサキスを原因とする食物アレルギーも報告されています。

アニサキスは、寄生している魚介類が死亡すると、腹腔内(内臓)から筋肉部位に移動するため、漁獲後は速やかに内臓を除去し、また調理の際には目視で確認することも有効です。60℃で1分、あるいは70℃以上の加熱で瞬時に死滅します。-20℃で24時間の凍結も有効といわれています。酸には抵抗性があり、シメサバのように一般的な料理で使う程度の食酢での処理、塩漬け、醤油やわさびを付けても死ぬことはありません。加熱調理するか、十分に冷凍してから調理することが効果的です。


(図2)アニサキスによる食中毒(厚生労働省のリーフレットより抜粋)
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000515869.pdf

3.家庭での食中毒に注意

食中毒統計の結果から、次のことが明らかになりました。2020年は前年に比べて、
①食中毒の総発生件数は減少し、「飲食店」での発生は減少したものの、「家庭」で発生する食中毒は増加し、「仕出し屋」による割合も増加。
②原因物質として、魚介類に寄生する「アニサキス」が増加。
③鶏肉などの肉類を汚染する「カンピロバクター」と、主にヒトから食品を介してヒトに感染する「ノロウイルス」による食中毒が減少。

家計調査より、総世帯における2020年の消費支出は、前年に比べて、「外食」が大幅に減少し、野菜や肉、魚介類などの生鮮食品や穀類、酒類、調味料、調理食品などは増加しています。この結果は、「外食」の減少により、家で食事を作って食べる「内食」と、調理済み食品を買ってきて家などで食べる「中食」の機会が増えていることを意味しています。

コロナ禍において外食機会が減少し、家庭での食事機会が増えるとともに、家庭での食中毒も増えました。家で家族と手巻きずしなどを食べて団らんしたり、刺し身を肴に酒をたしなんだり、総菜を買ってきたり、仕出し弁当などを利用する人が増えているのではないでしょうか。

家庭での食中毒を防ぐためには、刺し身などの生魚を食べるときには「アニサキス」に注意し、鮮度の高いものを選び、内臓を速やかに取り除くこと、鶏肉や牛肉、豚肉などの食肉を食べるときには、肉の中心部まで十分に加熱することが必要です。食肉は、生肉や加熱不足の場合に、カンピロバクターのほかにも、サルモネラや腸炎ビブリオ、腸管出血性大腸菌(O157)、その他の病原性大腸菌などによる細菌性食中毒の原因となります。各食中毒菌が食品を汚染し、ある程度増殖して発症するので、食中毒菌の「汚染」「増殖」「死滅の有無」がポイントとなります。

したがって、「付けない」「増やさない」「やっつける」ことが、細菌性食中毒の予防3原則と呼ばれています。

具体的には、手や調理道具をよく洗い、調理器具は熱湯消毒し、よく乾燥させること。食肉は短時間でも冷蔵貯蔵し、保存や調理の時には肉と他の食品を接触させない、まな板を野菜用と肉用で別にするなど二次汚染を防ぐこと。そして、十分な加熱が重要です。ノロウイルスについても、食品の十分な加熱(中心温度85℃、1分以上)と、手洗いの徹底、器具類の殺菌(次亜塩素酸ナトリウム溶液)が予防となります。

食中毒の原因となる細菌やウイルスは、私たちの身近な至る所に存在しています。家庭の食事で食中毒が増えていることを十分に留意し、予防3原則を行動に移すことが重要です。

最後に…

新型コロナウイルス関連で全国の企業の経営破綻が、8月31日時点で累計2,000件に達したという発表がありました(東京商工リサーチ)。コロナ禍の長期化で、営業が回復せず、資金繰りが行き詰って倒産する例が広がっています。業種別では、自治体からの休業要請で打撃を受けた飲食業が366件で最多です(注7)。

2021年9月現在も、19都道府県で緊急事態宣言は30日まで延長され、飲食店に対する営業制限や人流抑制は続いていて、経済をますます疲弊させています。検査の拡充や医療体制の整備、ワクチン接種の促進など、体系的で効果的な対策を講じて一刻も早くコロナ禍を収束させなければなりません。そして、人々が外食をしたり、集まって共食したり、従来当たり前に行われていた食文化を取り戻すことが望まれます。

注----------

(注1)食中毒統計資料(厚生労働省ホームページ)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html#j4-2  (2021年9月11日参照)

(注2)図1.“Fish and Fishery Products Hazards and Controls Guidance Fourth Edition-June 2021“

(出典)Department of Health and Human Services
    Public Health Service
    Food and Drug Administration Center for Safety Applied Nutrition
    Office Food Safety

(注3)家計調査(総理府統計局ホームページ)

https://www.stat.go.jp/data/kakei/index2.html#kekka  (2021年9月11日参照)

(注4)「埼玉県内の学校給食で発生した病原大腸菌による集団食中毒について」埼玉県

https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000756179.pdf  (2021年9月11日参照)

(注5)「令和2年東京都食中毒発生状況(確定値)」東京都福祉保健局ホームページ

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/tyuudoku/r2_kakutei.html (2021年9月11日参照)

(注6)毎日新聞記事「医療費減少過去最大」(2021年9月1日)

(注7)毎日新聞記事「コロナ倒産2000件」(2021年9月1日)

参考文献----------

1.一色賢司、2019、『食品衛生学 第2版』東京科学同人

2.松島悦子、2021、「食品の安全性」『白熱教室食生活を考える第3版』 アイ・ケイ・コーポレーション、29-43

3.松島悦子、2021、「第3章食の安全」『消費生活アドバイザー資格試験公式テキスト2021』一般財団法人日本産業協会、75-98

4.カンピロバクター食中毒については、厚生労働省の消費者向けリーフレット

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000130239_1.pdf  (2021年9月11日参照)

5.細菌性食中毒については、厚生労働省ホームページ

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/saikin.html#h2_free3  (2021年9月11日参照)

6.ノロウイルスについては、厚生労働省ページ

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/03.html  (2021年9月11日参照)

7. 「アニサキス症」については、食品安全委員会のホームページ

https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_anisakidae_170221.pdf (2021年9月11日参照)

8.アニサキスについては、厚生労働省のリーフレットhttps://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000515869.pdf  (2021年9月11日参照)

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です