食料問題を考える(4)食の「洋風化」と「外部化」は食を取り巻く環境にどのような影響を及ぼしたか?(後半①)

by 松島三兒

前回に引き続き、今回も食生活の変化によって生み出された課題を見ていきます。今回の視点は、食料自給率です。食料自給率の部分が思いのほか長くなってしまったので、環境負荷については次回とします。

(今回の内容)
3.食を取り巻く環境は食生活の変化でどう変わったか
 3-1.脅かされる食の安全と信頼
 3-2.多量の食品ロスの発生
 3-3.食料自給率の低下
 3-4.環境負荷の増大

3-3.食料自給率の低下

食の「洋風化」と「外部化」に伴う食料消費構造の変化が食料自給率を押し下げる方向に働いたことは間違いありません。しかし、食料自給率低下を招いたそもそものきっかけは、高度経済成長期における工業化の進展とそれに伴う所得の上昇だったのです。

工業化の進展に伴い、都市部での労働力不足を補うため農家の子女が「集団就職」という形で大量に都市部に移動したことは前々回に述べました。また、農家の成年男子の多くも建設現場で働く「出稼ぎ」労働者として都市部に移動しました。こうして多くの人たちが、農村部から都市部へ、第1次産業から第2次あるいは第3次産業へと移っていきました。

都市部での労働人口が増えるに従い、日本人の所得は増加し、消費支出も大きく伸びていきます。前々回も述べましたが、2人以上の世帯において月々に支払う消費支出額は、1955年から1970年までの間に、約3.5倍(23千円から79千円)に増えています。急速に高まる購買意欲に対応するため、1960年代半ばには製造業の工場建設は都市の周辺部にも及ぶようになり、その結果、農地は工場用地や宅地に転用され、耕地面積は減少していきました(図1)。

(出所)農林水産省「農地転用等の状況について」  https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukei/totiriyo/tenyou_kisei/270403/pdf/sankou2.pdf
図1 耕地面積の推移

著名な環境活動家のレスター・ブラウン(1)は、「急速な工業化が始まる時点で人口がすでに過密状態にある国では、相次ぐ3つの出来事から穀物輸入に大きく依存するようになる」として、以下の3点が連鎖的に起きることを指摘しました。
 ① 所得の上昇に伴う穀物消費量の拡大
 ② 穀物を作付ける耕地面積の減少
 ③ 穀物生産量の減少

日本では1980年代半ば以降、必要とする穀物量(飼料用を含む)の3割しか自給できない状態が続いています。この一連の流れを最初に確認したのが日本であったことから、その流れがもたらす輸入依存の状態をブラウンは「ジャパン・シンドローム」と呼びました。ブラウン(2)によれば、韓国、台湾がすでにジャパン・シンドロームを体験しており、中国ではプロセスが進行中、今後インドがプロセスに入るかもしれないと予測しています。

中国、インドのジャパン・シンドローム化には憂慮すべき点があります。国民の所得水準が増えると食肉消費量は増える傾向にあります。三井物産戦略研究所がFAO(国連食糧農業機関)とIMF(国際通貨基金)のデータを元に作成した図を見ると、そのことがよくわかります(図2)。

(出所)野崎由紀子「世界食肉需要の行方——穀物市場へのインプリケーション——」三井物産戦略研究所レポート, 2016-09-09.を著者改変.  https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/1220936_10674.html
図2 所得水準と食肉消費量の相関図(2011年)

食肉消費量が増えるということは、食肉を生産するのに必要な穀物消費量が増えるということになります。農林水産省の試算によれば、畜産物1kgの生産に必要な穀物量は、とうもろこし換算で、牛肉の場合11kg、豚肉では5kg、鶏肉で3kgです(3)。人口の多く、かつ増加傾向にある中国やインドなどの発展途上国が食肉生産に必要な飼料用穀物を輸入に依存するようになったら、穀物需要は間違いなくひっ迫するでしょう。

さて、話が少し本筋からはずれてしまいましたが、高度経済成長期に日本でも食肉消費量が増えたのは理に適ったことであり、その意味では食の洋風化が進んだのは自然な流れだったということができます。

それでは食の洋風化、外部化といった食生活の変化が食料自給率にどのように影響を及ぼしたかをみていきたいと思いますが、その前に食料自給率とは何かを確認しておきましょう。農林水産省では、食料自給率を「我が国の食料全体の供給に対する国内生産の割合を示す指標」(4)と定義しています。「食料全体の供給」ということですから、口に入れられずに廃棄された食料、いわゆる食品ロスも含まれることになります。

食料自給率を算出するにあたり、何を単位とするかも見ておきましょう。世界の多くの国では、食料自給率は穀物自給率のことであり、重量を単位として算出されています。日本ではどうでしょうか。もちろん日本でも、穀物自給率(「主要穀物自給率」及び「飼料用を含む穀物全体の自給率」)は算出されます。しかし、日本で一般的に用いられるのは供給熱量を単位として算出される「供給熱量ベース(またはカロリーベース)の総合食料自給率」と呼ばれるもので、食料全体を対象に次の式で計算されます。

供給熱量ベースの総合食料自給率(%)
=1人1日当たり国産供給熱量/1人1日当たり供給熱量×100
ただし、計算に当たり、畜産物には飼料自給率を、加工品には原料自給率を乗じます。

なぜ日本では供給熱量ベースの自給率が使われるのでしょうか。2008年当時食料安全保障の責任者を務めていた末松広行は、次のように述べています。

「かつて、日本の安全保障政策を考えていくときに、いったいどの自給率が最適な目安になるのかという議論があった。結局、いざというときに体力(生命)を維持していくためという最も基本的なことに直結しているとの意味合いから、カロリーベースの自給率が適していると判断され、この数値を使うことに落ち着いた」(5)

ここでも供給熱量ベースの総合食料自給率に着目して、その推移をみていきます。推移を細かく見ると、下がり方に違いにより4つの期にわけられることがわかります(図3)。食料自給率の低下要因については加古(6)の分析が優れているので、この分析を参考にしつつ、食生活の変化による影響を探ってみましょう。

(出所)農林水産省「食料需給表」をもとに筆者作成  https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/
図3 供給熱量ベースの総合食料自給率の推移

話を進めるにあたり、「供給熱量ベースの総合食料自給率」の計算式の分子は1人1日当たりの国産供給熱量、分母は1人1日当たりの総供給熱量であることを確認しておきます。分子または分母に係る要因の増減が自給率の変化に影響を及ぼすことになります。また、1人1日当たり供給熱量が、その内訳も含めどのように推移してきたかを図4に示します。

(出所)農林水産省 食料需給表
図4 1人1日当たり供給熱量の推移

〔期間①における変化〕
まず、年平均1.8%と大きく自給率が低下した①の期間をみてみましょう。ちょうど高度経済成長期と重なる期間です。この時期には国民所得が増え、図4に示すように1人1日当たりの供給熱量も1960年から1970年にかけて年平均23.9kcalの大幅な伸びを示しました(自給率算出の分母の増加要因)。品目別には畜産物や油脂類の需要が増加しており、「食の洋風化」が進んでいることがわかります。畜産物や油脂類は日本で生産される場合でも、畜産物の飼料や油脂類の原料となる油糧作物は輸入に頼っており、自給率を押し下げる要因となっています。また、コメの需要が減少したことも分子の国産供給熱量を減少させる要因となりました。これらのことが、期間①における食料自給率の急激な減少につながったと言えます。

〔期間②における変化〕
期間②は安定成長期と重なる期間であり、食料自給率は微減にとどまりました。この期間には第1次オイルショックにより経済の急激な成長に歯止めがかかり、所得の増加率が低下しました。図4からわかるように、1人1日当たりの供給熱量も1975年から1985年にかけて年平均7.9kcalの微増にとどまりました。また、コメからの供給熱量が減少し、畜産物と油脂類からの供給熱量が増加する傾向は期間①と変わりませんが、変化量は期間①の場合よりも小さく、国産供給熱量の減少は小幅にとどまっています。こうしたことが、期間②の食料自給率を微減にとどめる要因となったと考えられます。

〔期間③における変化〕
期間③はバブル期からバブル崩壊直後の期間で、食料自給率は年平均1%の減少となりました。1人1日当たりの供給熱量は1985年から1995年にかけて年平均5.7kcalの微増にとどまっています(図4)。一方、1985年のプラザ合意により急激に円高が進んだことから、「食の外部化」により成長を続ける外食産業を中心に輸入農産物が国産農産物を代替するようになっていきました。これらのことが、期間③における食料自給率の減少を招く大きな要因となりました。なお、1993年に食料自給率が大きく低下しているのは、同年の記録的冷夏によるものです。

〔期間④における変化〕
期間④はバブル崩壊後の「失われた30年」にあたる期間であり、名目賃金は低下の一途をたどっています。1人1日当たりの供給熱量も2000年から2020年にかけて年平均18.7kcalの減少となりました(図4)。コロナ禍の影響を勘案し、2000年から2015年の変化を見ても、年平均15.1kcalの減少となっています。また、国内の農業総産出額もバブル崩壊後は減少(図5)しており、国産供給熱量を減少させる要因となっています。食料自給率算出式の分母、分子とも減少傾向にあり、食料自給率は2000年以降の20年間で3%の低下にとどまっています。

(出所)農林水産省「令和2年度 食料・農業・農村白書」, p.130.から転載  https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/pdf/zentaiban_02.pdf
図5 農業総産出額の推移

食生活の変化が食料自給率に及ぼす影響を見てきました。特に「食の洋風化」と、「食の洋風化」を推し進める背景となった工業化の進展とそれに伴う所得の上昇が、自給率の低下に大きく影響したことがわかりました。次回は、食生活の変化が環境負荷を増大させている状況について見ていきます。

(次回に続く)

参考文献・注記

(1)レスター・ブラウン『フード・セキュリティー——誰が世界を養うのか——』ワールドウォッチジャパン, 2005., pp.17-18.

(2)上掲書, pp.20-21.

(3)農林水産省「知ってる?日本の食糧事情2022~食料自給率・食料自給力と食料安全保障~」2002-03., p.16.  https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-8.pdf

(4)農林水産省「令和2年度食料・農業・農村白書」 p.316.  https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/pdf/1-6_yougo.pdf

(5)末松広行『食料自給率の「なぜ?」~どうして低いといけないのか?~』(扶桑社新書), 扶桑社, 2008., p.22.

(6)加古敏之「第2章 食料自給率の低下とその要因」, 藤谷築次編著『日本農業と農政の新しい展開方法——財界農政への決別と新戦略——』昭和堂, 2008. pp.27-30.

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です