地方への移住・地方での起業を成功に導くためのヒント~滋賀県長浜市を例に~(第10回)V.おわりに(前半)どのように地域の環境に適応したか

by 松島三兒

前回まで「地方での起業」を実現させてきた8名の方のインタビューをふりかえってきました。8名のうち、「地方への移住」を伴った人は3名(2名は地域おこし協力隊、1名は結婚)、「Uターン」が3名でした。少ない事例ではありますが、これらの6名の方々の事例から地域の環境に適応するためのヒントを探ってみたいと思います。

長浜ゆかたまつり 2013年7月13日, 筆者撮影

1.どのように地域の環境に適応していったか

地元で活動を続けて起業した人を除く6名の方々が地域の環境にどのように適応し、起業につなげていったかをケース別にみていきましょう。

県外から移住し起業したケース

地域おこし協力隊員としてIターンで移住し起業した植田淳平さん(第6回)と對馬佳菜子さん(第7回)と、結婚により移住した宮本麻里さん(第9回)が該当します。

植田さんと對馬さんは地域おこし協力隊員であったため、移住の入り口段階では住居探しや受入先の自治会とのつなぎなどの公的支援は受けられましたが、その後の地域住民との関係作りは基本的には個人の努力に委ねられます。

植田さんはまず、地域のイベントなどを積極的に手伝いながら相談してもらえる信頼関係を作っていきました。最初に相談を受けたブックカフェの支援成功をきっかけに、その後地域の人々の想いの実現を企画のサポートやクラウドファンディングを通じて伴走者として支援していきます。植田さんに相談すればアイデアを形にできる可能性が示されたことで、地域の人たちのやる気が喚起されていきました。また、植田さんが不得意な部分を人に頼ることを通じて新たなコミュニケーションが生まれ、地域の人との間に協力しあう双方向の関係ができていきました。

對馬さんは仏像を守っている人たちの想いをじっくり聴き、本音で話し合っていくことを通じて信頼関係を築き、観音文化に対する自分の哲学を話す場を提供してもらうなどの互酬的関係を作っていきました。お堂の世話方の人たちが守り抜いてきた観音様と観音信仰の価値を広く世の中に伝えることで、この文化を次世代に繋いでいきたいという世話方の人たちの想いを掘り起こし、その実現を支援しています。また、その一環としての『星と祭』復刊プロジェクト等を通じて、地域の若手の人たちとのネットワークも作っていきました。

結婚により移住した宮本さんは、地域の未就園児サークルの役員を務め、子どもを持つ母親たちの想いを共有したことがきっかけとなって、もう一人の役員メンバーと共に、母親たちの「こんな場所があったらいいな」という願いを実現することを仕事にしようと考えます。最初は母親たちの居場所づくりから始め、現在は母親たちの社会復帰の支援に向けて行政や企業へとネットワークを広げています。

移住した3人が共通してやっていることは、地域の人たちとの信頼関係や互酬的関係を通じてゆるやかなネットワークを作り、自分の居場所を作っていっていることです。言い換えれば、「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)の創出を通じて地域環境への適応を図っているといえます。

「ソーシャル・キャピタル」とは、アメリカの政治学者ロバート・パットナムの定義によれば「人々の協調活動を活発にすることにより、社会の効率性を高めることができる『信頼』『規範』『ネットワーク』といった社会組織の特性」のことです(注1)。自発的な協力を生み出す「信頼」、互酬性の「規範」と社会的なつながりである「ネットワーク」は、互いに他者を増加させる関係にあるとされています。県外から沖縄への移住者を対象にした琉球大学の研究(注2)では、「沖縄のコミュニティ内において社会参加したり、ネットワークを形成していくこと、すなわちソーシャルキャピタルの獲得が」沖縄の県外移住者の適応を促進させたことを明らかにしています。

また、3人は地域環境に適応していく過程で、単に本人が適応するのみならず、関わった地域の人々の考えや行動にも影響を与えていることがわかります。これは、3人が適応の過程で自文化を殺し移住先の文化に「同化」したのではなく、自文化を保持しつつ相手文化の人間関係も重んじる「統合」という受容態度を取った結果とみることができます。ケースは異なりますが、留学生を対象にした東京医科歯科大学等の研究(注3)では、文化受容態度の4類型「統合」「同化」「分離(自文化にこだわり相手文化と距離を置く)」「周辺化(自文化の保持も相手文化との関係保持も重視しない)」の考え方を用いて、留学生の文化受容態度が精神的健康に及ぼす影響を調べ、「“統合”傾向の強い留学生は適応的である」ことを明らかにしています。

第7回で、NPO法人花と観音の里・理事の武田雅博さんが話された「風の人」「土の人」の話が、まさに「統合」の本質を言い当てているように思います。再掲しておきます。

「『風は遠くから夢や理想、新しい考え方などを運んでくる』それが『風の人』。そして『土の人』は『土がそこにあって命を生み育むもの』、すなわちこの町で生まれ育った人。その風と土とが相まってその地域ができていく。それがまたつながって風土になる。土を求めて吹いてくる風があると、その風を呼び込もうとして活かす土がある。そんな思いの中で地域とか町がワクワクと盛り上がっていくんでしょうね」

地元にUターンし起業したケース

Uターンで地元に帰って起業したのは、立澤竜也さん(第3回)、村上裕一さん(第4回)および山瀬鷹衡さん(第8回)の3人です。

立澤さんは大阪から長浜に帰ったあと長浜の会社に就職し、外国人の同僚とインターネット活用の受け皿づくりを始めます。そこで得たスキルをもとに、副業として飲食店の運営や衣料品、家具などの輸入など手掛けていきます。この過程で得たネットワークが独立後の仕事への依頼につながります。その後もさまざまな事業を手掛けますが、顧客のニーズに機動的に対応し信頼感、安心感につながる関係性を作ってきたため、仕事を依頼してくれた人からの口コミにより継続的に仕事依頼される状況が続いています。

村上さんは10年間東京で働いた後米原に戻り、自分のルーツがある長浜に事務所を構えます。Uターンといっても10年間離れていると人脈もほとんどない状態でした。長浜を紹介するWebマガジンを作ると、それをきっかけにいろいろな人との出会いが生まれます。10年前には知り合っていなかった同世代の人たちと出会い、東京の10年間よりも多くの人と出会うようになります。こうした出会いが自分の将来の可能性を信じさせてくれました。村上さんも事業を始めて6年がたち、立澤さんと同様、信頼感、安心感につながる関係性を作っており、依頼者の紹介を介して仕事がつながるようになってます。

山瀬さんは大阪の大学、企業で8年間を過ごした後、30歳で地域おこし協力隊員として長浜市西浅井町に戻ります。湖北の面白い人、楽しんでいる人を紹介するWebメディアを立ち上げると同時に、地元の同級生仲間たちと話し合って地域課題を解決する取り組みを始めます。そこに新たな仲間が集まると、今度は地域のネガティブをポジティブに変えていく取組へと活動をステップアップさせていきます。その後もボードゲームスペースを開設するなど、活動の幅とネットワークを広げています。

3人の話からわかるのは、地元を出たときから戻ってくるまでの間には、地元でソーシャル・キャピタルを生み出していないということです。したがって、Uターン後に新たにソーシャル・キャピタルを創出していく必要がありました。その起点となったのが、立澤さんの場合は会社の同僚であり、村上さんはWebマガジンをきっかけに新たに知り合った同世代の人たち、山瀬さんの場合は高校の同級生であったわけです。

Uターンと言っても、地元での10年近い空白の期間は大きいものがあります。その間、異なる文化を有する都会で生活をしてきているため、ある意味、地域にはない考え方やよそ者の視点を持っている人たちです。3人とも、都会で培った考え方やスキルを活用して地元に貢献していこうとしています。県外から移住してきた人たちと同じように、「風の人」として地元に適応していることがわかります。

来週は8名の方へのインタビューから、起業を成功に導くヒントを探っていきます。次回が最終回となります。

(次回に続く)

(注1)金谷信子[2008]「ソーシャル・キャピタルの形成と多様な市民社会——地縁型vs.自律型市民活動の都道府県別パネル分析——」『ノンプロフィット・レビュー』第8巻, 第1号, pp.13-31.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/janpora/8/1/8_1_13/_pdf/-char/ja

(注2)加藤潤三・前村奈央佳[2014]「沖縄の県外移住者の適応におけるソーシャルキャピタルの影響」『人間科学』第31号, pp.111-143.
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/29594/1/No31p111.pdf

(注3)井上孝代・伊藤武彦[1997]「留学生の来日1年目の文化受容態度と精神的健康」『心理学研究』第68巻, 第4号, pp.298-304.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/68/4/68_4_298/_pdf/-char/ja

井上孝代[2001]「留学生の文化受容(アカルチュレーション)とカウンセリング——マイクロ・レベルからマクロ・レベルまでの発達援助——」『社会文化研究』第4号, pp.5-18.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ascc/4/0/4_5/_pdf/-char/ja

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