何が、投票に行く・行かないを決めるのか?~長浜市の調査結果から考える~

by 松島悦子

8月22日は横浜市長選挙。投票締め切りの午後8時直後に、「当確」の報が各メディアから飛び込んできました。コロナ対策とIR推進阻止を争点に、明確なメッセージを伝えた野党系候補の山中竹春氏が、大差で当選を決めました。投票率は49.05%で、前回の37.21%よりも10%以上高く、これは有権者の関心が高かったからと報じられました(注1)。しかし、コロナ禍とはいえ、有権者の半数が投票に行かなかったのです。
投票率は、全国的に、全年代にわたって低下傾向にありますが、国政選挙でも、2017年衆議院選挙で53.7%、2019年の参議院選挙では48.8%と5割を割り込みました。なぜ、有権者の多くが選挙権を放棄するのでしょう。何が、投票に行く・行かないを決めるのか、その要因について滋賀県長浜市の調査結果から考えていきましょう。

2021年4月 滋賀県長浜市豊公園にて

1.投票率が低下している

図1は、衆議院選挙の投票率の推移を示していますが、平成に入った1990年代以降、低下していることが分かります。2005年の郵政民営化選挙と2009年の政権交代選挙という争点の明確な選挙で、投票率は一時的に高まったものの、その後の2014年と2017年は最低の水準となりました。

図1 衆議院選挙の投票率の推移(出典:明るい選挙推進協会ホームページ)
http://www.akaruisenkyo.or.jp/070various/071syugi/(2021年8月24日参照)

参議院選挙の投票率も、1990年代以降60%を下回り、直近の2019年の選挙では5割を割りました。同年実施の統一地方選挙でも、投票率はいずれも5割以下です(注2)。

投票率の低下は、全ての年代に共通した現象です。投票率は、若年層ほど低い傾向がありますが、18歳・19歳の場合2016年から選挙権を得て、初回の2016年参議院選挙では高い投票率が期待されていました。しかし、46.8%にとどまり、次の2019年の参議院選挙では32.3%となり、20歳代の31.0%とほぼ同じ低い水準となってしまいました。

国際的にみると、国政選挙の投票率は、OECD加盟37ヵ国のなかで、日本は30位と低く、スウェーデンやデンマーク、オランダ、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ諸国では70~80%台、韓国では66%です(注3)。
若者の低投票率は、諸外国でも同様な傾向がありますが、スウェーデンでは、18歳以上のどの年代も80%以上で、高い投票率となっています。

2.投票率が低いのはなぜか

長浜市でも、投票率は低下傾向にあります。2016年~2018年に行なわれた選挙の投票率は、参議院選挙が56.5%、衆議院選挙が55.7%、市長選挙が44.0%、知事選挙が38.4%、市議会議員選挙が45.5%でした。
なぜ、有権者の過半が投票に行かなかったのでしょう。投票行動や意識について、2019年1~2月に有権者2000人(有効回答数900)を対象に、長浜市選挙管理委員会が行った調査結果をみてみましょう(注4)。

図2.投票率が低い理由

最近の選挙の投票率が低い理由(複数回答)について、回答率が高かったのは、「政治に無関心の有権者が多い」(73.6%)、「投票よりも自分のこと(仕事やレジャーなど)を優先する」(33.4%)という政治への無関心、「投票しても政治がよくならない」(66.7%)という無力感、「支持できる政党等や候補者がいない」(47.9%)、「政治的に争点のない選挙が多い」(21.7%)という候補者・政党に対する期待の低さ、「政治への不満や不信の表れ」(44.7%)など、政治に対するネガティブな意識でした。

その他の、「時間や場所など投票するときの制約」(12.0%)や、「投票に関する啓発が不足」(7.7%)、「候補者や政党等の政策宣伝やPRが不足」(7.4%)を理由とした人は、はいずれも1割程でした。

次に、選挙全般についての意見を自由記述で求めたところ、221人が回答し、そのうち104人が、「政治への不満や不信感」について意見を記しました(表1)。

表1.「政治への不満や不信感」についての主な意見 104人/221人

「国、県、市で今後何をなすべきか、明確に打ち出せる候補者であってほしい。有権者がもっと関心が持てるような選挙になればよい」
「当選したら終わりではなく、候補者は日ごろからもっと地域のために働くべきである」
「議員の活動が皆のためになっていないので、関心が深まらない。 私利私欲の候補者が多すぎる」
「心の底から投票したい候補者が現れますように」
候補者の政策や活動に対する不満、物足りなさ
「だれがなっても変わらないので、(投票に)いかなくなった」
「関心の持てる政治ならみんな投票に行く。興味がない。だれが当選しても変わらなければ投票率は上がらない」
候補者・政党への期待が低い、政策に差がない
「投票率が低い最大の理由は、政治に対する不信ではないか」
「だまされることの方が多く、いつも政治不信になる」
「現在の政治が嘘ばかりで信用できないため投票してもまたダメかとあきらめ感が大きい」
「選挙方法がどうこうではなく、正しい政治が少ないのが現状の投票率低下を生んでいる」 「政治家は自分に都合のよい政治をしようとしているので選挙に行く気になれない」
政治不信、あきらめ、
無力感。

その他の意見は、「投票環境・選挙制度」について(68人)、「広報・啓発」について(15人)、「インターネットの活用」について(13人)、「教育・家庭」について(9人)などでした。「投票環境・選挙制度」に関する内容は、投票所の駐車場の確保、段差や土足禁をなくすバリアフリー化、投票所を減らして経費削減、小選挙区制をやめることなど。「広報・啓発」に関しては、選挙の意義や投票が義務であることを伝える、ポスター掲示場が多すぎる、など。その他には、インターネット投票を要望する声や、家庭で選挙の意義を伝え、学校で政治に関する教育をタブー視しないで促進する、などの意見がありました。

ここまでみてきた結果より、政治への無関心や無力感、期待の低さ、不満、不信、あきらめといった政治に対するネガティブな意識が、投票率の低さに影響していることが分かりました。政策のPR不足や投票に関する啓発不足、投票の制約などの要因は、影響力として小さかったといえるでしょう。

3.政治への不満や不信感の背景 2018年をふり返る

ここで、本調査を行った2019年1~2月はどのようなときであったかを、新聞やインターネット報道をもとに振り返ってみましょう(注5)。

2018年は、第2次安倍政権下で、前年に発覚した森友学園問題と加計学園問題によって日本中が揺れていた年です。2017年10月の解散・総選挙では、民進党の分裂で野党が弱体化したことにより政権は存続したものの、疑惑が解明されないまま、2つの問題は2018年にも再燃しました。2018年2月に森友学園問題にかかわる決裁文書の書き換えが発覚し、安倍首相や昭恵夫人らの名前の削除等々、文書改ざんを財務省が認め、佐川宣寿元財務省財務局長の証人喚問が国会で行われました。野党の厳しい追及にも、佐川氏は刑事訴追を受けていることを理由に口を閉ざし、「なぜ値引きされたのか」「なぜ改ざんされたのか」の疑念は解明されませんでした。テレビで繰り返し流された佐川氏の映像が、人々の間に深く印象付けられました。大晦日の社説に、「麻生太郎財務相は、国会と国民を欺いた改ざんの責任をとることなく続投し、首相も『自分も妻も無関係』と言い続けるだけで説得力のある説明はない」と記されています。

加計学園の問題については、2018年5月に獣医学部新設計画をめぐって「総理のご意向」という文部科学省文書の存在が国会で再三とりあげられました。記者会見に応じてこなかった加計学園の加計孝太郎理事長は、6月に突然記者会見を開き、獣医学部新設について安倍首相の関与を否定する一方、あいまいな説明に終始し、途中で会見を打ち切りにしました。

こうした状況を、人々はどのように見ていたのでしょう。2018年に毎日新聞に掲載された市民の声をいくつかご紹介します。

表2.「みんなの広場」に投稿された市民の声(注6)

「最近のニュースを見聞きする度、悲しい気分になる。なぜ、本当のことが言えないのだろう。森友学園問題、加計学園問題、自衛隊イラク派遣部隊の日報隠蔽問題、(以下略)」(6月3日滋賀県の女性)
「(加計理事長の記者会見をテレビで見て)、段々怒りがこみ上げてきた。何の解決の糸口も見えない。疑問が深まるばかりだ。加計理事長は官邸で首相と会ったとされる当事者である。(中略)『記憶にも記録にもない』では事実を否定したことには全くならない。国会をばかにし、国民をばかにしているとしか思えない。(略)」(6月26日千葉県の男性)
「(加計学園問題と)、森友問題での検察の先の不起訴判断も含めた一連の動きは、あまりにもずさんで信じられない説明、つまりうそと、忖度の連係プレーに映り、非常に情けなくなります。」(6月29日東京都の男性)
「今年の国会は、森友・加計学園問題、財務省の文書改ざん問題が“未解決”のまま終わった。カジノ法、入管法改正、水道民営化の水道法改正に至っては、十分な審議もされないまま、与党により強行採決され、政権の『慢』を地で行く結果となった。」(12月25日鹿児島市の男性)

このように、2019年1~2月は、森友学園、加計学園を巡る問題で、政府・与党が疑惑解明に後ろ向きな姿勢を取り続けたことや、十分な審議もされずに重要法案が次々強行採決されたことに対し、長期政権への不満や不信感が人々の間で渦巻いていた時期です。こうした背景により、長浜市民の間でも政治への不満や不信感、怒りが高まっていたことが、調査結果にも表れていると考えられます。

4.投票に行く理由、行かない理由

投票行動に与える要因については、実際の選挙で投票した人としなかった人の理由から考察していきます。図3は、2018年7月に実施された長浜市議会議員選挙で、「投票しなかった」と答えた193人に、その理由を聞いた結果を示しています。「投票した」と答えた711人には投票した理由を聞いており、両者の比較も行なっていきます。

図3.2018年7月の長浜市議会議員選挙で投票しなかった理由

「投票しなかった」理由で、最も回答率が高かったのは、「適当な政党や候補者がいなかった」(32.1%)で、自分の期待に応えてくれると思う候補者や政党がなかったためです。一方、「投票した」人は、「当選させたい候補者・支持する政党があった」(38.8%)と答えており、自分の期待に応えてくれる、自分にとっての効用の大きい候補者・政党があったことが投票の動機づけになっていました。

「投票しなかった」人では、「投票しても暮らしがよくなるわけではない」(22.8%)、「自分一人が投票しなくても選挙結果に影響がない」(13.0%)という人が多く、自分の一票が結果に影響を及ぼさないと考えたことが分かりました。「政治や選挙に関心がなかった」(13.5%)と無関心な人も、自分の一票の重みを低く見積もっていたと考えられます。逆に、「投票した」人は、「政治や選挙に関心があった」(18.8%)と答えています。

また、「暑くて外出する気になれなかった」(1.6%)、「投票所が不便(遠い、駐車場がない、狭い)」(4.7%)、「投票所に行くのが面倒」(16.1%)といった投票所に行くコスト(時間や労力)の大きさを理由にする人は比較的少数でした。しかし、「用事があった」(25.9%)や「病気・看病、または体調が悪かった」(21.2%)という当日の状況で行くことができなかった場合は、投票所に行くコストが大きかったためと言い換えることができます。

「投票した」人の理由で最も多かったのは、「投票することは国民の権利だから」(69.6%)、自由回答では「選挙は国民の義務だから」という記述が多く見られました。投票は国民の権利や義務と考えて投票した人が多いことが分かります。

5.何が、投票に行く・行かないを決めるのか

以上の調査結果を踏まえて、個人の投票行動に影響を与える要因について、さらに考えてみます。ここでは、投票行動の研究でよく用いられる、ダウンズに端を発する合理的選択モデルを参考にします。ダウンズ(Downs,1957=1980)は、投票行動は、投票による利益とコストを比較して決定されると考えました。この理論を発展させ定式化したライカ―とオードシュック(Riker & Ordeshook,1968)のモデルでは、有権者が投票によって得る総便益をRとすると、次の式で表され、Rが大きいほど「投票に行く」とします(注7)。

R=PB-C+D

P:自分の一票が選挙結果に影響すると思う主観確率 (大きいほど投票に行く)

B:候補者・政党間の違い(効用差)の認識 (大きいほど投票に行く)

C:投票に行くことでかかる時間や労力などのコスト (小さいほど投票に行く)

D:投票に対する義務感 (大きいほど投票に行く)


前述の意識調査結果を、合理的選択モデルに対応させてみると、
P(自分の一票の有効感  ):「自分一人が投票しなくても選挙結果に影響がない」(13%)。
B(候補者・政党間の効用差):「だれが当選しても変わらない」という自由記述。
               「適当な政党や候補者がいない」(32%)、
               「投票しても暮らしがよくなるわけではない」(23%)
                ⇒候補者や政党間の効用差がない。
C(コスト):暑さや投票所に行く不便を理由にした人は5%未満。面倒という理由は16%。
       体調不良や用事などで行けなかった(投票に行くコストが高い)人は21~26%。
D(義務感):「権利だから」は投票した人の70%、「義務だから」は自由記述で多い。


すなわち、投票に行かなかった最も大きな理由は、「適当な政党や候補者がいない」「だれが当選しても変わらない」という期待の低さで、候補者や政党間の効用差がないと認識していますから、B=0、さらにPB=0となります。

したがって、投票に行くのは、義務感D>コストCの場合と考えられます。労力や時間のコストが投票行動に与える影響は小さく、当日の体調や用事があればコストCは大きくなります。投票行動を決める重要なプラス要因は、義務感Dといえます。

「投票は国民の義務」と考える人の割合は高齢の人ほど高く、「個人の自由」と考える人は若い人ほど高い傾向があります。また、以前に比べて義務感を持つ人の割合は減る一方で、権利と考える人の割合は増えています(注8)。権利は、義務と異なり、行使するかしないかは自由なので、「投票する権利がある」と考えることは、「投票を行使するのは自由」と考えることです。近年の投票率の低下のひとつの原因は、ここにあると考えられます。

6.投票率を向上させるには

スウェーデンで投票率が高いのは、「社会は人々のためにある」「人々が社会を作っているのだ」という共通認識があるためです。国家に対する人々の信頼は高く、国家と社会を持続していくために青少年・若者を育てていく必要があるという意思が人々に共有され、そうした理念の下でシティズンシップ教育が行われています。幼少のころから社会の中で能動的に生きることが重視され、大人たちが青少年の発言に耳を傾け、その声を社会に反映させようとする意識、制度、環境があるのです(注9)。

2015年9月 スウェーデン ストックホルムにて

スウェーデンの投票率の高さを先のモデルで表現すると、人々の考えが政策に反映されるという政治への信頼と、幼少からのシティズンシップ教育により、「自分の一票の有効感(P)」、「候補者・政党間の効用差の認識(B)」、「投票に対する義務感(D)」は大きく、それが「投票に行くコスト(C)」感を小さくし、投票率を高めているのではないかと推察されます。

投票行動に影響を与える要因は、これら4つに限られるわけではありませんが、このモデルを使うことで、なぜ投票率が低いかを考察するときの助けになるのではないでしょうか。

わが国で投票率を高めるためには、政治に対する人々の信頼を高めることがなによりも重要です。シティズンシップ教育(主権者教育)については、わが国でも学校教育で行われ、有権者に対する啓発も行なわれていますが、十分だとはいえません。普段の生活の中で、政治が生活に深くかかわっていることを人々が認識し、政策内容や政治の在り方について気軽に語り合える社会的環境を作ることが求められます。

さらに、投票に行くコストを軽減させる方法として、期日前投票が普及してきましたが、今後はインターネットの活用促進や、投票所のバリアフリー化などの投票環境の整備が急務です。

また、投票に行く人は、年齢が高い人、性別では女性、職業は自営業、居住地は地方、居住環境は持ち家、政治関心が高い、投票義務感が強い、投票の有効性感覚が強い、政党支持がある、地域愛着度が強い、などの傾向があるといわれています(注10)。子どもや若者、新住民、その他すべての住民が、自分の地域社会にどれだけ愛着をもてるかが、「投票に行く」初めの一歩なのかもしれません。

注-----------------------

注1.2021年8月23日朝刊、朝日新聞と東京新聞を参照

注2.衆議院選挙(図1)、参議院選挙及び統一地方選挙の投票率に関するすべてのデータの出典は、
   明るい選挙推進協会ホームページ(2021年8月24日参照)
   http://www.akaruisenkyo.or.jp/070various/071syugi/

注3.「国際日本データランキング」明治大学国際日本学部 鈴木研究室ホームページ
   (2021年8月24日参照)
    http://www.dataranking.com/table.cgi?LG=j&RG=3&CO=Japan&GE=pg&TP=&TM=

注4.長浜市選挙管理委員会が実施した「選挙と投票に関するアンケート調査」
   (2019年1~2月、有権者2000人対象に実施、有効回答者914人)
    調査概要や結果については、長浜市ホームページ(2018年8月24日参照) 
    https://www.city.nagahama.lg.jp/cmsfiles/contents/0000009/9743/annke-tohoukoku.pdf

注5.「辞任表明の安倍首相、7年半の政権運営を年表で振り返る」朝日新聞デジタル(2020年8月28日
   「政権7年目/中 「決める政治」劣化 粗い国会運営、横行」毎日新聞(2018年12月28日)
   「国会のこの1年 首相の下請けが強まった」毎日新聞(2018年12月31日)

注6.「みんなの広場」に掲載された市民の声 毎日新聞(2018年)

注7.村瀬洋一、1995、「合理的個人はなぜ投票するのか」『社会学研究』62、83-110東北社会学研究会

注8.遠藤晶久、2020、「2010年代の投票率の低下を考える」『Voters』55、8-11

注9.スウェーデンに関する記述は、以下を参考とした。
   宮本みち子、2009、「スウェーデンのシティズンシップ教育1」『私たちの広場』306、18-19
   宮本みち子、2009、「スウェーデンのシティズンシップ教育2」『私たちの広場』307、16-17
   宮本みち子、2009、「スウェーデンのシティズンシップ教育3」『私たちの広場』308、14-15
   宮本みち子、2009、「スウェーデンのシティズンシップ教育4」『私たちの広場』309、16-17
   宮本みち子、2010、「スウェーデンのシティズンシップ教育5」『私たちの広場』310、14-15
   宮本みち子、2010、「スウェーデンのシティズンシップ教育最終回」『私たちの広場』311、14-15

注10.品田裕、2019、「今日の選挙制度及び投票の実態とその課題」
    滋賀県都市選挙管理委員会連絡協議会(2019年4月24日)の講演資料

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