「純米吟醸 長濱」を生んだ長浜人の地の酒プロジェクト(2)純米吟醸 長濱の誕生

by 松島三兒

今回はプロジェクト初年度の「純米吟醸 長濱」誕生までの流れを簡単に紹介します。

百匠屋・清水大輔さんと冨田酒造・冨田泰伸さん 2014年9月28日 筆者撮影

プロジェクトの始動

2014年春、「長浜人の地の酒プロジェクト」がスタートしました。前回のふりかえりを兼ねて、同年5月1日に発表された株式会社黒壁のニュースリリースのリード文とプロジェクトメンバー構成を載せておきます。

少し補足すると、私が指導していた2年次生はイベントスタッフとして参加するだけでなく、種子消毒の段階から米作りに参加したり、酒造りの工程を見学したりすることを通して米作りから商品化までの一貫したプロセスを学んでいきます。また、2年次生の中で希望者については「長浜魅力づくりプロジェクト」というキャリア授業に参加して地酒のプロモーション活動を行うこととしました。2年次生の活動の詳細については次回に紹介します。

ここで初年度のプロジェクトの全体進行計画、および一般参加プログラムならびに学生参加プログラム(卒業研究を除く)の実施計画を1枚の図にまとめたものを示しておきます(図1)。

図1 プロジェクトの全体進行計画および一般参加並びに学生参加プログラムの実施計画

2015年1月の販売開始までの開発およびマーケティング活動の状況について簡単に説明します。

原料とする酒米および目指す特定名称酒の種類の決定

今回プロジェクトをプロデュースした黒壁AMISUの前田雅美さんは、原料米として滋賀県で栽培される酒造好適米を使いたいと考えていました。滋賀県育成の酒造好適米は「滋賀渡船6号」および「吟吹雪」の2品種で、このうち「吟吹雪」は県の奨励品種でもあります。県の奨励品種の酒造好適米としては吟吹雪のほかに「玉栄」があります。

「滋賀渡船6号」(注1)は「渡船」(「雄町」と同一)からの純系選抜により1916年に育成された品種で、1960年以降生産が途絶えたため幻の酒米と言われていましたが、2005年に復活しました。酒造好適米の代表とされる「山田錦」の父系にあたり、原生種としての味わいの深さが特徴だが、醸し方が難しいと言われています。「玉栄」(注2)は1965年に育成された愛知県育成の品種で、キレのある辛口の酒が造りやすいとされますが、心白の発現頻度が低く吟醸酒には不向きと言われています。

「吟吹雪」(注3)は1995年に「山田錦」を母、「玉栄」を父として育成された品種です。「山田錦」は茎が長く倒伏しやすいうえ、滋賀県では熟期が遅すぎるという問題がありました。一方「玉栄」は比較的栽培しやすく良質多収です。そこで、「山田錦」の栽培特性を改善し心白出現率の高い新品種を育成しました。「光沢があり心白の発現も極めてよく吹雪が舞っているかのようであり、吟醸酒向けであるという意味を込めて」1998年に「吟吹雪」と命名されました。

このプロジェクトでは、原料米として滋賀県育成の酒造好適米「吟吹雪」を使用することとし、百匠屋・清水大輔さんのところで栽培を開始しました。作付面積は60アール(6,000平方メートル)です。今年度の栽培日程を以下に示しておきます(日付は筆者が把握しているところのみ)。
・種子消毒/種まき/育苗           4月下旬~5月下旬
・代かき                                   5月21日                         
・田植え                                   5月24日(一般参加イベント)
・溝切り                                  6月23日
・稲刈り                                  9月28日(一般参加イベント)
・乾燥
・籾摺り                                 10月3日
・農産物検査(1等取得)/出荷 10月~11月

2014年産「吟吹雪」玄米(穀粒の真ん中に白く見える部分が心白) 2014年10月3日筆者撮影

次はどのようなお酒にするかを決めていきます。7月13日に「利き酒の会」を開催して地域の人に参加してもらい、純米タイプの5種類の日本酒(純米1種、純米吟醸2種、純米大吟醸1種、特別純米1種)の試飲を通して、どの種類に近い地酒の商品化が望ましいかテーブルごとに意見交換をしてもらいました。その結果も参考にしながら、造り手の冨田酒造・冨田泰伸さんと売り手の黒壁AMISU・前田雅美さんとで話し合い、プロジェクトで造るお酒のタイプは純米吟醸酒、精米歩合は60%(注4)と決定しました。「地の酒」というからにはやはり土地を感じてもらいたいとの想いがあり、そのためには華やかな香りも立ちかつ穀物感も残る60%が良いと判断したということです。

利き酒の会 2021年7月13日 筆者撮影
図2 特定名称酒の製法品質表示基準(注5)

酒銘とラベルデザインの決定

酒銘とラベルデザインについては黒壁AMISUを運営する株式会社黒壁が担当しました。同社の前田雅美さんによれば「酒銘は『長濱』と名付けたが、最初は「長濱人」にするか「長濱」にするか結構迷っていた」とのこと。ラベルデザインとの相性もみながら検討を重ねた結果、「長浜人の地の酒プロジェクトで長浜の人たちの力が結集しているし、今始まったばかりのお酒だけれど、ゆくゆくは長浜を代表するようなお酒になってもらいたい」という想いを込めて「長濱人」ではなく「長濱」としたということです。

ラベルデザインに関しては、前田さんは次のように話しています。「長浜に来るお客さまは街並みとかガラスとかの雰囲気を楽しんでくださっていて、明治・大正・レトロ感というのが重要です。それでいて、女性っぽさが少し入ってスタイリッシュというのを合わせて今のデザインとなりました」。書体もかなり悩んで決められたそうです。

こうしてお話を伺って改めてラベルを見ると、日本酒のラベルとしてはかなり斬新なデザインだと感じます。実際、買い求められるお客さんにもラベルデザインの評判がいいとのことです。

「純米吟醸 長濱」のラベルデザイン 株式会社黒壁提供

顧客獲得のためのイベント開催

図1に示すように、販売前の一般参加のイベントは酒米田植え、利き酒の会、酒米稲刈りおよび杉玉造りが実施されました。これらのイベントへの参加を通じて新しいお酒の開発に自分たちも参加しているという想いを持ってもらい、ひいては「長濱」のファンになってもらいたいという狙いが込められています。そのため、レストランやカフェを運営する株式会社黒壁のノウハウを活用し、魅力的な雰囲気作りを行ってきました。田植え、稲刈り、杉玉造りの様子を写真で紹介しておきます。

酒米田植え 2014年5月24日 筆者撮影
左上から時計回りに:田植え風景、田植機試乗、当日の食事、仮設野外レストラン
酒米稲刈り 2014年9月28日 筆者撮影
左上から時計回りに:稲刈りの様子、コンバイン、仮設野外レストラン看板、当日の食事、参加者集合写真
杉玉づくり 2014年11月22日 筆者撮影
左上から時計回りに:杉玉の説明、杉玉の造り方指導、出来上がり、提供された食事、酒造好適米とうるち米との食べ比べ

「純米吟醸 長濱」の醸造

11月19日に麹米の洗米作業をもって、いよいよ冨田酒造にて仕込みがスタートしました。以下に今年度の作業日程を示しておきます(日付は筆者が把握しているところのみ)。
・精米
・洗米                  11月19日
・蒸米                  11月20日
・製麹
・酒母(酛)       11月23日
・仕込み・醪       12月 6日~(添→仲→留の三段仕込み)
・上槽                  12月31日
・瓶詰め                1月 8日
・出荷                  1月 9日

冨田泰伸さんは「銘柄と味はリンクしていることが大事だ」と言います。冨田酒造といえば「七本鎗」。七本鎗は、賤ケ岳の戦いで秀吉の部下として武功を挙げた7人の若武者を指しています。だから、七本鎗はフルーティで華やかで飲みやすいというよりは、「ボディのしっかりしたタイプ」で「味はしっかりあるが、そのあとがスッと抜けていく」ような、杯が進みやすいタイプの酒に仕上げているということです。

それでは「純米吟醸 長濱」ではどのような味を目ざしたのでしょうか。「長濱」をイメージして冨田さんが出した答えは「きれいぎみに造る」、すなわち切れよく造ることでした。原料となる吟吹雪はふくらみもあるが、吸水を管理して重くあたりすぎないように仕上げていると言います。

日本酒の醸造工程 筆者撮影
左上から時計回りに:精米(60%精米の写真)、蒸米、蒸米放冷、掛麹、留仕込み、醪

いよいよ発売へ

さて、2015年1月10日の発売日が近づいていきました。まず第一弾としては、火入れをいていないしぼりたて新酒を1,000本限定で販売します。1月6日には長浜市記者クラブで記者発表を行い、その内容は読売、毎日、中日、京都など6紙に取り上げられました。また、1月10日の発売日には長浜バイオ大学の学生も新商品の紹介をさせていただきました。

「純米吟醸 長濱」発売の記者発表 2015年1月6日 長浜バイオ大提供
前列左から百匠屋・清水大輔さん、冨田酒造・冨田泰伸さん、長浜バイオ大学長谷川慎さん、筆者、後列左から黒壁AMISU・前田雅美さん、当時2年次生の大瀧義晴さん、木村栞菜さん
長濱発売日 黒壁AMISUにて 2015年1月10日 株式会社黒壁提供
左の写真:当時2年次生の原口大生さん、右の写真:左から当時2年次生の井上晃至さん、木村栞菜さん、販売支援の中川康作さん、長濱を購入されて外国人のお客さん

さて、次回は学生たちの活動について紹介させていただきます。引き続きお付き合いください。

(次回に続く)

(注1)副島顕子[2017]『酒米ハンドブック 改訂版』文一総合出版, p.42.
    JAグリーン近江[2021]「滋賀のこだわり ブランド酒」JAグリーン近江ホームページ, (2021年9月11日取得, https://www.jagreenohmi.jas.or.jp/speciality-products/02.html).
    喜多酒造[2021]「喜楽長 時渡る」喜多酒造ホームページ, (2021年9月11日取得, https://kirakucho.com/product/28).

(注2)副島顕子[2017]『酒米ハンドブック 改訂版』文一総合出版, p.50.
    江口崇[2916]「玉栄〈酒米の系譜〉」,(2021年9月11日取得, https://sakeconcierge.com/genealogy-of-sake-rice-tamasakae/

(注3)副島顕子[2017]『酒米ハンドブック 改訂版』文一総合出版, p.30.
    滋賀県農業試験場[1998]「酒米新品種『吟吹雪』」農研機構ウエブサイト, (2021年9月9日取得, https://www.naro.affrc.go.jp/org/warc/research_results/h10/sakumotu/cgk98010.html).

(注4)「精米歩合60%」とは、玄米の表層部を40%削り取った状態

(注5)木村克己[2013]『日本酒の教科書』新星出版社, p.12.
    国税庁[2021]「『清酒の製法品質表示基準』の概要」国税庁ホームページ, (2021年9月9日取得, https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/seishu/gaiyo/02.htm).

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です